痛い青春映画『mid90s ミッドナインティーズ』

 

監督のジョナ・ヒルが誰か知らず、スケボーに乗ったことはなく、HIPHOPを聴くわけでもないのに見に行ったのは、会社帰りの車内で聴いていたムービーウォッチメン宇多丸さんが熱のこもった紹介をしていたから(通退勤時はTBSラジオをかけている)。HIPHOPカルチャーを全然知らないので固有名詞の大半は何を言っているのか全く理解できなかったのだが、ワルになることがクールなんだ、という誤った成長認識によって躓く少年の物語、みたいなフレーズ(正確には少し違っていたかもしれない)が気になった。ちょうど近所の映画館で上映していたこともあり平日レイトショーで鑑賞。観客は20人くらい。

 

自分はこの映画を、通過儀礼としての期待と幻滅の物語と見た。 

 

主人公は不良っぽいスケーターのグループに憧れている。仲間に入れるなら使い走りも無茶も厭わない。やがて彼らに認められて一員になる。しかし、クールだと憧れていた仲間たちは、必ずしもそうではなかったことが次第にわかってくる。陽気ないい人だと思っていたのが、実際にはただフラフラしているだけのしょうもない奴だったとか、靴下も買えないほど貧しいとか、家に帰ると母親に暴力を振るわれているとか、みなそれぞれ悩みや鬱屈を抱えている。主人公は実の兄とうまくいっていない。家ではよく殴られている。しかしそんな兄が、街中で偶然主人公グループと遭遇したとき、家ではあんなに威勢がいいのに、弟の見ている前で、スゴスゴと去っていく。弟の目に、この時の兄はどう映っただろう。兄は弟に見られたことをどう意識しただろう。このシーンは辛い。兄は、家では弟を暴力で支配しようとしているのに、家の外では自分をおちょくる不良に立ち向かえない。家に帰って兄弟でテレビゲーム(プレステ?)をしながら、「相手が複数だったから喧嘩しなかった」との言い訳は、主人公には白々しく聞こえる。それまでは畏怖の対象だった兄なのに、だんだんその感情は薄れていく。代わりに、プロのスケーターを目指しているレイが、主人公の精神的な兄になる。夕暮れの街、車道を二人で滑るシーンは、車からすればいい迷惑だろうと思いつつも、胸に迫ってくるものがある。兄の後を必死で追いかける弟、というのがまたいい。

 

母親が友達同士の集まりに登場することの耐えられない恥ずかしさとか、一対一だと素直になれるのに、仲間と一緒になると粋がって残念な行動をとってしまうこととか、とてもとても身につまされる。自分を気に入ってくれた女の子に対して無礼な態度をとる理由は、仲間たちから舐められたくないからなのだろうが、そう考えると、序盤の、「お礼なんていう男は男じゃねえ」みたいな発言もそうだが、この映画で男たちが囚われているマチズモは、もしかしたら彼らの恐怖心や劣等感から生まれるものなのかもしれない。宇多丸さんは「誤った成長認識」と言っていたが、そういうものがどういう結末を招くことになるのか…こと主人公に関して言えば、彼は高い代償を払うことになる。

 

兄から、若くして自分を産んだ母親が、昔は現在のような母親としての自覚はなかった人だったと聞かされて、「母さんはクソだ」と呟くシーンは印象的。親も一人の生身の人間だと知って受けるショックと幻滅は成長のプロセスとして避けられない。

 

 音楽とかファッションとか、作中のカルチャーはよくわからない。そういうのが好き・詳しい人が見たらいろいろ発見があるのかもしれない。ただ、兄の部屋の、CDとカセットテープが並んだ棚に物凄い郷愁を誘われた。90年代半ばにもう一度戻りたいなどとは全く思わないけれども、あの頃にはあの頃の、今とはまた違う良さがあったよな、という気持ちになった。まあ、思い出の美化にすぎないのだろうが。

 

あまり期待せずに見に行ったのだが、とてもいい映画だったので嬉しい。

そして、飲酒運転は、ダメ、絶対。