蓮實重彥『見るレッスン 映画史特別講義』を(一応)読んだ

 

 Kindle版が50%ポイント還元対象だったので購入。だが自分が求めている内容ではなかった。関心が持てたのは全体の半分程度。そのあたりを読んであとは適当に読み飛ばした。40分くらいで読了。

 

なぜつまらなかったのか。

一点目。言及される映画の8割が戦前の映画だったりマイナーな映画であるから。

2020年に書かれた本なのに、ゴダールとか溝口健二とか小津とか、マジかよ。しかも文芸映画(ドラマ映画?)みたいなのばっかり挙げられて、著者はジャンル映画は言うまでもなくアクション映画にも興味が薄いようで、自分の好みとかけ離れていた。マーベル・シリーズに若干触れるけれど否定的な文脈で。自分もマーベル・シリーズは知らんが。ジブリ新海誠エヴァ等アニメついては一切言及なし(「後期高齢者」の著者にアニメ映画について語れと言うのは酷かもしれないが)。でもヴィルヌーヴとかポン・ジュノとかコーエン兄弟とかキュアロンはおろか、リドリー・スコットサム・ペキンパーやキャメロンやリンチにも触れない。コッポラ、スコセッシ、イーストウッドタランティーノには少しだけ触れる。代わりに出てくるのがゴダールジョン・フォードや小津や溝口といった往年の大御所か、日本のマイナーなドキュメンタリーを撮っている女性監督だったりして、チョイスのセンスがよくない。押井守監督は『映画50年50本』でチョイスする映画の基準を「マイナーな映画ではなく現在でもレンタルや配信で見られる映画」としていた。そういう読者に対するサービス精神は本書にはない。そりゃフォードやゴダールや小津は偉大でしょうが、何も今更それについて反復しなくてもいいのでは、という教養主義的なチョイスへの違和感と、手軽に見られないマイナーな映画を素晴らしいと言われても読者には見ようがないという困惑。一応濱口竜介監督が好意的に言及されたりもしているが。西川美和監督と是枝監督に対しては冷淡。ボーン・シリーズや『怒りのデス・ロード』や『ジョーカー』や『パラサイト』には触れないなんて。

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

 

二点目。言ってることがよくわからない。

たとえば、京都アニメーションの事件後に現場を訪れた人が漏らした「アニメに救われていた」という言葉に対して、映画は「救いではない」「救いとなる映画はあるかもしれないがそれが目的ではない」「映画は現在という時点をどのように生きるかについて見せたり考えさせたりするもの」と主張するのだが、「救いではない」「救いとなる映画はあるかもしれない」「救いが目的ではない」と段々論点がずれていって言いたいことが不明瞭。別に目的じゃなくても映画に救われるってことは普通にあるんじゃないの、という気がするのだが。それは一生の救いみたいな大袈裟なものじゃなくて、ただ二時間の間だけ辛い現実を忘れられるという程度の救いであるかもしれないが。以前読んだ『母さん、ごめん』で、著者は、介護の隙間時間にシネコンで見る映画が心の支えになっていたみたいなことを書いていた。自分も似たような経験がある。『エイリアン2』や『セブン』や今はそうでもなくなってしまったけれど『秒速5センチメートル』が支えになっていた時期があった。まあこのあたりは言葉の定義の問題かもしれない。読書中ずっと、著者の主張の一切は結局個人的な好悪の問題じゃないの、という気がしてならなかった。一例を挙げれば、キャスリン・ビグロー監督に対して著者は否定的で、でも押井守監督はビグロー監督を評価している。そういうのって結局個人の趣味の問題でしかないのでは? という。「私たちは映画を見ることで驚きと安心を得たいのです」と著者は言う。自分はもっとシンプルな、映像と音による快感を得たいと思って見ている。ホラー映画が好きなのは恐怖と驚愕と不快感によるストレスがあるから。お化け屋敷に入ったりジェットコースターに乗ったりするようなアトラクション的な快感、恍惚への欲求。押井守監督が言うところの快感原則。著者は「映画はアトラクションではない」とも述べているので自分とは考え方が全然違うのだろう。求めるものは人それぞれでいい。そういえば自分が恋愛映画にほとんど興味がないのはなぜなんだろう。ホラー、サスペンス、スリラー、そのあたりが好きなジャンルである。SFやミリタリーはあまり。アメコミはまったく。ホラーでもゾンビや幽霊や悪魔よりも人間によるものの方がより好き。『Rec』よりも『スペイン一家監禁事件』の方がいい。あんなの何度も見たいとは思わないが。何かいいホラー映画を教えろと言われたら、ユーモアを求めるなら『CABIN』を、感動を求めるなら『マローボーン家の掟』を勧める。どちらもグロ描写の控えめな、でも怖くて不気味な、いい映画だと思う。

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

 

三点目。文章が無理。

講義形式なので文章ではなく口調というべきだが。蜷川実花監督の作品は全てくだらない、とかディズニーなんてなくなれ、とか東京国際映画祭はやめてしまえといった主張は自分も同感(最後のは知らんが前二つはほぼ同意)なので気にならないが、「溝口映画を見ていない映画ファンは反日」とか「愚かなコロナ騒動」とか確信的に煽ってくるスタイルが生理的にきつい。2020年12月にこういうことを言うんだもんなあ。これも好みの問題か。書き起こした人が下手なのかもしれない。

 

ドキュメンタリー映画は退屈ではない、もっとキラキラしたもの」とか(キラキラって何だよという話だが)、「映画評論家の仕事はまだ見つかっていないフィルムを探すこと」とか、デビッド・ロウリー監督のメールアドレスを探した話とかいいところもあったが、上記三点の理由から得るものの少ない本だった。実質半額での購入、読書時間40分程度なのでよしとする。Kindleだから場所も取らないし。