映画『東京自転車節』を見た

この映画、気になってはいたんだが上映館が少なくて見る機会なく。動画配信サービスに来るまで待っていればいいか…と思っていたが、「たまむすび」で町山さんの紹介を聴いてどうしても見たくなり、ニコニコ動画のみ有料配信をやっているというので何年も前に退会していたニコニコ動画のサイトに久しぶりに行った。

 

自分がニコニコ動画を見ていたのって2010年頃かな。あの頃は楽しかった。新海誠監督の『秒速五センチメートル』や『涼宮ハルヒの憂鬱』を知ったのもニコニコがきっかけだった。アニメをほとんど見ない人間だったからこの二作の綺麗な絵とリアリティには当時びっくりした。ニコニコをきっかけにその後深夜アニメを見るようになったが、一二年くらいの話で、今はまた劇場版くらいしかアニメを見ない生活に戻った。最後に通しで見たのは『鬼滅の刃』。これも一回は序盤で脱落していて、大ブームになった頃もう一回トライして楽しく最後まで見た。二期がスタートしたら見るつもり。『ケムリクサ』も凄い面白かった。『Fate』と『まどかマギカ』は自分にとって別格というか。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』や『進撃の巨人』は途中まで面白く見ていたのに急に飽きて見るのをやめてしまった。振り返るに自分が熱心にアニメを見ていたのは2011年から2012年にかけての短い期間だった。

 

いや、俺とニコニコ、俺とアニメについてはどうでもいい。それより『東京自転車節』である。ニコニコ動画で1500円で視聴可能。配信期間が今日(9/10)までなのでギリ間に合った。で、まず感想なのだが、いい映画。そしてやっぱり今見てよかった。コロナ禍による生活苦、ウーバーイーツでの日銭稼ぎ、明確になった経済格差という「今」の問題。それを当事者として描くリアル。一方で、画面に映し出される2020年春の、最初の緊急事態宣言下の閑散とした東京の風景は記録として貴重なもの。東京のみならず全国的に感染者数は当時と比較にならないほど増加しているのに、2021年9月の今、あの頃の緊張感はもはやない。

 

昭和めいた音頭が流れるのっけから、時代錯誤では? と驚き、さらに監督が小型自転車で甲府から新宿まで行くのにもう一度驚く。でもちゃんと到着する。いや、そりゃ漕いでりゃいつかは着くのが当然だけど、今ちょっと検索したら甲府から新宿まで下道で130キロ、自動車でも4時間かかる距離。ロードバイクならいざ知らずあんな玩具みたいな自転車でよく無事に着いたと感心する。幹線道路とか大型車が怖くて、仮に若かったとしても自分だったら絶対無理。本編の趣旨から外れるからか道中がカットされているが、この道中をもし撮影していたならこれはこれで別に動画をアップすれば需要はあると思う。普通の人が自転車で長距離を走るだけの動画なら興味は持てないが、この監督はキャラがいいので、この人のだったらぜひ見てみたい。

 

そう、この監督はキャラがとてもいい。真面目で、前向きで、失礼ながら27歳とは思えないほど純真? 幼稚? で、この監督のキャラだからこそこの映画が成り立っていると言っていい。ウーバーイーツと聞くと、自分は利用したことないのでイメージでしか語れないのだが、交通ルールを無視して危険運転をするとか、事故っても逃げるとかいうニュースのインパクトのせいであまりいい印象は持っていなかった。会社の保険もないのに配達仕事なんて事故が怖くないのかとも思っていた。が、この映画を見て少し見る目が変わった。もちろん人によるのだろうけど、一所懸命、誠意を持ってやっている人もいるんだと。監督が、食事を受け取りに行くお店の人に対しても、配達するお客に対しても、丁寧に接することで何かが変わる気がすると言って、お客がドアから手を伸ばすだけでそっけなく食事を受け取っても、ドアが閉まり切るまで「ありがとうございました」と頭を下げ続ける姿に感動する。ウーバーイーツは大変な仕事だ。雷雨の中であっても配達しなくてはならない(雨の日の方が稼げるまである)。その割に賃金は時給換算すると安い。注文が多い日もあるが大抵は時給1000円いってないんじゃないか。ある程度自分の裁量で仕事ができるのと、対人関係の煩わしさがないのが利点か。ただ、監督自身はむしろ人との交流を求めていたようで、「人と人とをつなぐ仕事だと思っていたのに、実際に働いてみると人と接する機会はほとんどない」みたいなぼやきを口にしている。ドローンなど機械では配達できず、コストも手間もかかるから、より便利により安く人間が買い叩かれている、そういう図。

 

配達の過程で明確になる貧富の差。一方に雨の中ずぶ濡れになってタピオカドリンク1個、ハンバーガー1個を池袋から早稲田まで届けなくてはいけない人間がいる。もう一方にはそれを注文する金銭的余裕のあるタワマンの住人がいる。「タワマンの人、注文多いなー」という呟き。序盤に映画関係の友人とケン・ローチ監督を話題にする場面があり(貧困層という言葉も出る)、もちろん監督も貧富の格差をこの映画で描く意図があったのだろうが、それを声高に主張することはしない。上記の呟きも、続く「それもいいんじゃなーい」という一言によって均されてしまう。本作はあくまで地べたでペダルを漕ぐしかない一人の配達労働者のドキュメンタリーとして撮られている。初めのうちは友人の家に泊めてもらっていたのに、いづらくなってネカフェ、さらには路上へと追い詰められていくのは見ていてきつい。

 

昼の注文は早く届けないとお客さんがお腹を空かせてかわいそうと呟いたり、自分の血を吸う蚊に「腹一杯食え」と話しかけたり、デリヘルで勘違いして7000円を無駄にした後で店に電話をかけてちゃんと女の子にお金がいくように念を押したり(しかしデリヘルってあんなに電話応対きちんとしてるんだ、一般企業の弊社よりちゃんとしてそう)、そういう発言・奇行をしても違和感なく、むしろ好感を抱いてしまうのは監督の人柄(これが演技や演出でないなら純朴すぎて心配になるが)。この人柄だからこそ初対面の人と打ち解けて撮影できたりしているのだろうし、描く現実の悲惨さが和らげられている面もある。いや、繰り返しになるがウーバーイーツって本当大変な仕事だと思う。金欲しいから副業でやってみっか、とかそんな軽いノリで務まるとは到底思えない。少なくとも自分には無理。それなのに金銭的に報われないのが本当辛い。代わりはいくらでもいる仕事(ブルーカラーの自分もそう)だからか。誰にでもできる仕事は買い叩かれる。

 

終盤、知らないおばあちゃんから東京大空襲の体験談を聞かされた監督は、コロナ禍の東京もまた焼け野原だと喝破する。ここから映画のトーンが変わる。それまでのユーモアが影を潜め、狂気が出てくる。ウーバーイーツという「システムを掌握する」ため、三日間で70件の配達をこなして報奨金がプラスされる「クエスト」に挑戦すると言い出す。しかしやる気を出せば出すほど、「システムを掌握する」どころか逆にシステム側に都合のいい餌食になるというのがまあ…悲惨というか滑稽というか。熱中するにつれ、呟きの回数も増す。雨の夜、坂道を自転車で登りながら呟き続ける姿はちょっと怖い。

 

ラスト、国会議事堂のショットは象徴的。やっぱりそうなるよな、と納得できる。自分もコロナ禍以前はなんとなく投票に行くくらいで政治にほとんど関心がなかったが、パンデミックにより全世界が同時に同じ困難に直面した際に、政府の対応次第で結果に大きな差が出るのをニュースで知るにつれ政治への関心が増した。コロナ禍は平和ボケした自分のような人間に政治への関心を持たせるきっかけになった。本作は労働ドキュメンタリーとして、東京の風景の記録として、とても見応えがあった。今日、仕事から帰ってきたらもう一度見よう。