稲生平太郎『アクアリウムの夜』『アムネジア』を読んだ

 

 

 

書影はアマゾンだがDMMブックスでポイント還元セールをやっているのでそちらで買ってiPadminiのアプリで読んだ。以前、マーカーした箇所が消えてしまう不具合があると書いたが、アプリの設定で「しおりの同期」をオフにすると起きないようだ。同期する際にマーカーしていない方に上書きされてしまうのか? よくわからない。電子書籍KindleとDMMブックスしか使っていないが文字の本の読みやすさは断然Kindleの方が優れている。専用端末があるしマーカーした箇所はサイトでまとめて参照できる(記事を書いたりメモをとるときコピペすれば済む)。漫画を読む分にはどちらも大差ない。

 

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アクアリウムの夜』にはカメラ・オブスキュラこっくりさん、霊界ラジオ、新興宗教チベットの理想郷、秘密の地下室、そして…と小道具や装置がてんこ盛り。主人公は高校生の男子で序盤はちょっとオカルトチックな青春小説の趣がある。前半は退屈、というかもうおっさんなので十代の少年少女たちの話を読むのがしんどい。「いいかい」「何々なんだ」と読者に語りかける一人称と、自分を名前で呼ぶヒロインに違和感を覚える。理系の友人がオカルトにハマった挙句狂気に絡め取られていく過程は怖い。中盤の文化祭での惨劇あたりから物語のスケールが広がっていく感じがして楽しくなった。語り手が暮らす町の小さな水族館には霊的な秘密があるらしい。ストーリーの進展とともに語り手の周囲にいた普通と思われていた人たちの本当の姿が明らかになっていくあたりは読み応えあり(小さい町なのにこんなに強烈な連中が集まってるのかとも思うが)。接点のなさそうだった女性二人の因縁が明らかになる意外な挿話は本書中の白眉。Aが語り手にBに気をつけろと言えばBは語り手にAは精神を病んでいるから言うことを信じるなと言う。このやりとりには慄然とした。終盤は難しい。語り手は表題のとおり水族館の秘密を解明すべく深夜に乗り込むのだが、そこで何が起きたのか読んでいてよくわからない。迷宮に迷い込み、そしてSF的展開に…。SF? いや何が何だか。当方の頭の都合なのだろうが文章の意味は理解できても脈絡をつけようとすると繋がらないのだ。謎は解明されず情報の断片が残るのみ。水族館侵入以後は人が狂気に陥るプロセスを読者に追体験させようとする思惑も感じられる。結びの文章とか。いや、自分は全然見当はずれなことを述べているかもしれない。理解できていないのだから何が書けよう。読み終わってえらい疲れた。

 

アクアリウムの夜』が面白いか面白くないかと言えば面白くはない。感銘を受けなかった。でも途中で放棄せず最後まで読み通せる、そのくらいの面白くなさであって部分部分ではのめり込んだところもあった。読後、答えを求める渇きのようなものが残る。これを書いた人は他にどんなのを書いたのだろうと興味を持った。調べると小説は二作しか書いていない。『アクアリウムの夜』から15年後に書かれた『アムネジア』は80年代の大阪を舞台にした闇金融をめぐる話と知り、面白そうと思った。上記のとおりセール中だったのもありこれも購入。

 

『アムネジア』は20代後半の男性の一人称ということもあって『アクアリウムの夜』とは異なり文章にジュブナイル的臭みがないので読みやすい。序盤はバブル期の日本の闇金融をめぐるミステリめいた展開。戸籍上すでに死んでいるはずの男の死体が新たに発見されたりクセのありそうな新聞記者が出てきたりとわくわくする導入で普通のリアリズム小説的に話は進んでいく。ところが喫茶店で語り手が闇金融の大物と思しき人物と対話するシーンからそれまでの雰囲気が一変。幻想か妄想か、こっち側からあっち側へと向かい始める。このシーンに登場する変な女の気味悪さといったら。大物と語り手は会話がぜんぜん噛み合わず、語り手と同じようにこちらも困惑。しかもタイトルのとおり語り手は何かとても大事なことを忘れているようで彼が信頼できない語り手であるのも明らかになっていく。中盤には永久機関の発明や超能力(ワープ?)がどうしたとか、ゲームのようにリプレイ、コンティニューのある人生とか(リプレイやコンティニューはこの本を読む読者のメタ的言及かとか)それまでのリアリズム形式から逸脱していき、終盤は現実と夢・狂気の境界が消失あるいは融合してもう何が何だか。語り手の一人称を脱し三人称で書かれたエピローグによって彼がした凶行が明らかにされるという、『アクアリウムの夜』同様後味の悪い終わり方。中盤以降のブッ飛び具合、まともじゃない人間の怖さ、『アムネジア』の方が『アクアリウムの夜』よりも上と自分は見る。

 

二作とも箇所によっては熱心に読んだけれども終盤は何が起きているか文字を追ってもついていけず、俺向きではない、という印象。二作とも多くの謎が提起されるのにそれを解明しないまま投げっぱなしで終わってしまうのがもどかしい。手品と同じで真相を知ってしまえば「なあんだ」と白けておしまいだからあえて外しているのか。いや、この話に整合性をつけられるか? 二作とも最後まで読んだのに読み終えたという気が全然しない。まだ終わってないかのように。