映画館とは他者のいる場所──『そして映画館はつづく』を読んだ

 

 

日本各地のミニシアター支配人や関係者、また映画制作に携わる人たちへのインタビュー集。奥付を見ると2020年11月初版発行とある。最初の緊急事態宣言および外出自粛要請が発出された2020年5月過ぎに行われたと思しきインタビューが多い。当時、自治体からの要請に応じて映画館をはじめ飲食店や販売店などの多くが休業した。関係者が、コロナ禍における映画館のあり方を模索している様子が話から窺える。ただし映画館といっても大手シネコンの話はほぼ出ない。小規模なミニシアターに限定した話のみである。

 

日本でミニシアター・ブームが起こったのはバブル期と重なる1980年代。その後シネコンがミニシアターのいわば専売だったアート系作品も上映するようになってブームは下火になる。2000年以降、都内でも多くのミニシアターが閉館している。ミニシアターの凋落の原因は何だったのだろう。情報の中心がネットになった2000年頃からミニシアターはダメになった、という見解がある。『ぴあ』などの批評的な雑誌が消え、それに伴い上映作品の紹介がされなくなり、若い人たちが何を見たらいいのかわからなくなったのでは、と。「ミニシアターはある意味で紙の文化だった」。ミニシアターと聞くと感度の高い大学生や若い勤め人が通う場所というイメージを持っていたが、意外にもメイン客層はシニア層だという。ただしヒットする映画は若い人が中心になることで広がっていくらしい。一方で上映と社会状況のマッチングもある。『いのちの食べかた』がヒットしたのは精肉の産地偽装事件がちょうど同時期にあったから、みたいな。格差社会ケン・ローチ、是枝、ポン・ジュノ作品の関係もあるだろう。本書の定義によると『万引き家族』もアート系に属する映画だという。でも大手のシネコンで上映されてヒットしたはず。自分も近所のシネコンで見た。『ミッドサマー』も『由宇子の天秤』も『英雄の証明』もシネコンで見た。インタビュイーの一人が言っているとおり、ミニシアターというのは今や概念でしかないのかもしれない。ミニシアター的なブランディングというのはあるかもしれないが。コロナ以前、イオンシネマ板橋がとくにホラー映画を積極的に上映していて、ここの支配人は相当なシネフィルなんだろうなーと思いながら通っていたのだが最近はそうでもない。あそこで『アースクエイクバード』『37セカンズ』『キュアード』などを見たものだが。今度『ブラックフォン』はやってくれるよう。『ニューオーダー』や『女神の継承』もやってくれたらいい。

 

巻末の日本全国ミニシアターガイドからも明らかなようにミニシアターの数は東京が頭抜けている。横浜や大阪のような大都市とすら比較にならない、それほどの充実っぷり。なので関係者インタビューも12件のうち3件を都内のミニシアターが占める。ユーロスペース、シアター・イメージフォーラム早稲田松竹早稲田松竹の支配人がもと警視庁勤務なのは意外。他の映画館でも映画を見るのは好きだが映画館の経営に関しては素人のまま引き継いだ、みたいな話が出てくるので驚く。上越の高田世界館や横浜のシネマ・ジャック&ベティなど。地方であればあるほどより地域に密着することの重要性が説かれる。映画は見に来ないのに月に一度の映画館の清掃ボランティアには参加する人の話なんかはその最たる例というか、映画館という箱が地元の大事な風景として周知されている証なのだろう。

 

自分のミニシアター体験といったら何だろう。川越スカラ座には学生の頃何度か行ったのでそれが原点ではあるだろうが当時ミニシアターとか名画座という括りは知らなかったと思う。それまで年に一度か二度しか映画館へ行かなかった自分が映画館で映画を見るのを趣味にしだしたのは2019年から。映画を見ることに加えて映画館という箱自体への関心もあったのであちこち行くようにした。強く印象に残っているミニシアター体験としては新宿武蔵野館での『ギルティ』『ブラック・クランズマン』鑑賞。初めてのハシゴでもあった。前者を見たあと一回外へ出て「やんばる」でソーキそばを食べて紀伊国屋書店で時間を潰して、再度戻って後者を鑑賞。後半寝てしまったが。武蔵野館はディスプレイが充実していてお洒落な映画館だな〜と感心した覚えがある。『アナと世界の終わり』もここで他の観客と一緒になって声出して笑いながら見た。もうしばらく行っていないが。ここと系列のシネマカリテはちょっとよそより料金が高いんだよな。

 

経営に関しては、

映画館って年間でおよそ三一〜三六%くらいの稼働率であれば運営できるものなのですが、つねにその数字を保っているわけではありません。ある作品がヒットしたときに徹底的に儲けて、人が入らないときはひたすら耐えるという体質の商売なんです。それで平均して年に三〇%を超えていればOK。

「人の入る映画でいかに儲けて閑散期を耐えるのかが映画館の基本的な戦術」であるという。

人が入る映画の破壊力はやっぱりすごいですよ、どこから人が湧いてくるんだという感じで(笑)。そういう環境があってこそ、採算の取りづらいアート映画の上映環境を維持できるし、映画のアート性に対する情熱のようなものが映画界を支えている部分もあるし、そうやってエコシステムが成り立っている気がします。

 

シネコンになくてミニシアター独自の特色としてイベントの開催がある。トークイベントの客の入りが思ったほどよくない理由として、ある関係者が、「映画を見終えた後に監督なり俳優という生身の人と対面して話を聞くことって、一般のお客さんにとってはちょっとハードルが高い経験でもあったようなんです。これは意外な発見でした」と述べる。これは頷ける。自分もトークイベントの回は避けてしまう。俺みたいなド素人が行っていい場じゃない、みたいな思いがあって気後れしてしまうのだ。一度だけ、川越スカラ座の『つつんで、ひらいて』の広瀬監督のティーチイン上映に行ったくらいしか経験がない。行ってみれば貴重な体験ができていいものだったが。

 

コロナ禍によるステイホームの推奨が映像配信を一気に一般に広めた印象がある。過去の名作はもとより、新作とて半年と待たずに配信で見られる現在、それでもあえて、上映スケジュールを確認し、それに合わせて電車を乗り継いで映画館へ赴き、身体を拘束され、素性も知らぬ大勢の他者と共に、スクリーンを見つめることしかできない暗闇に身を置く、その理由は何だろう。自分に限っていえば、やはり映画は、映画館の暗闇と、スクリーンと、音響設備でなければ「体験としての強度」が落ちる、との思いがある。ショックを受けたいのだ。覚めたまま夢を見たいのだ。現実を忘れて束の間の仮想に没入したいのだ。自分は劇場内の他者を鬱陶しく感じるタイプである。咀嚼音やら、ビニール袋ガサゴソかき回す音やら、背後から蹴られるやら、他者による行動の大半は鑑賞の妨げでしかない。それらにムカついた回数なら数えきれないほどある(『ノマドランド』を見に行ったとき後ろから女に5回くらい蹴られた)。でも、他者がいるからこそ映画館で映画を見ることは尊いとする価値観もまたあるようだ。本書では複数のインタビュイーがそう話している。

 

黒沢清監督。

 どうやら自分の隣の客は映画を見る気などなく寝ている。それも良いだろう。しかし僕はこの映画を見ている。映画と自分が面と向き合っていると同時に、どうもそうではない自分以外の他の人たちがいる。そのことによって、社会の中で自分は何者であるのかというのが嫌でも認識される場所が映画館なのだと思うわけです。もちろんそんなことを認識するために行っているわけじゃないんですが、嫌でも認識しちゃいますよね。「なんでこんなことで笑うの?」とか、「なんでこれ誰も笑わないの? めっちゃ面白いんですけど?」というように、家で一人でテレビ画面を見ているときには味わえない、社会の姿を肌身で知る瞬間、自分ってこういう人間なのかと考える瞬間がある。そういう感覚は僕にとって映画館で映画を見る経験と直結しているものです。

 

別のインタビュイー。

 たとえば映画を観ながら知らない他の観客と同じ場面で笑っちゃうってことはもちろんあるわけですが、その共感を共有する場所ではないってことを忘れてしまうと、大事な部分を取りこぼしてしまうと思う。映画館はライブハウスではない、本当に孤独な場所なんです。ちょっと古びた映画館に行って、幕間のがらんとしたロビーでひとりぼーっとを(ママ)待っているとき、そういう時間も強烈な映画体験の一部なんですよ。そういった環境をわざわざ選ぶことにも、僕にとっての映画館で映画を「観る」という感覚は関わっているのかもしれません。

 

さらに別の人物。

 コロナ禍を経た今、振り返ってみてその時映画館に求められたのは、一本の映画の情報だけではなく、共にスクリーンを見つめる匿名の他者の存在だったとの(ママ)ではないかと思う。映画館で映画を見た場合、他のお客さんの空気を感じることになる。深く共感している人もいれば、そうでない人もいる、そんな気がするという微妙なあわいを、映画を見ながら感じる。いや、そんな肌感覚は得ないよと云う人も、少なくとも、一緒に見た人がいたと云う事実は残る。他社(ママ)の存在が、映画を見る体験を少しだけ立体的にしてくれる。

 

引用していて気づいたのだが誤植多いな。それはともかく、多数の匿名の他者が同じ映画を見ることで一体化するような瞬間というのはたしかにある。なんというか…贔屓のスポーツチームを皆で応援するのに近いといえばいえるのか…、自分は一度だけそういう空気を体験したことがある。日比谷のシャンテで『グレタ』というサスペンスを見たときのこと。緊迫したシーンで皆が息を潜めて次の展開を見守っているのが肌に伝わってくる。劇場内から一切の物音が消え、横の客は前のめりになり、自分は気づけば拳を握ってスクリーンを見つめている。

上映後、後ろの席の女性二人組が面白かったね、と漏らし、出口の階段では女性四人組が内容について語り合っている、その感じが、シャンテのオールドチックな箱と相まって、懐かしさの混じった余韻を覚えた。映画そのものも自分好みだったし、さらに上映後の雰囲気がよくて、忘れられない鑑賞になった。本当、あの映画館のあの回で見られてよかった。

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

あんなことは滅多にない。奇跡みたいなものだったのだろう。でもあの体験があったからこそ、時間と空間を大勢の他者と共有することの尊さ、みたいなものを説かれても「何言ってんだ」とはならない。それとは正反対に『ダンケルク』のIMAX上映をたった一人で見た経験もある。あれはあれで素晴らしい贅沢だったが、もし毎回映画館へ行くたび一人きりだったら味気ないかもしれない。

 

 

 

で、これは余談だが、本書だと日本最初のシネコンは1983年オープンのワーナー・マイカル・シネマズ海老名になっている。キネカ大森は1984年オープン。自分はてっきりキネカ大森が日本最初のシネコンだと思っていた。海老名のは今はイオンシネマになっているから現存するシネコンとしてはキネカ大森が最古となるのだろうか。しかし巻末のガイドではテアトルシネマ系列はミニシアターとして扱われている…なのに新所沢のレッツシネパークが除外されているのはなぜだ。

 

 

キネカ大森で寝てきた記録。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

 

国立映画アーカイブの企画展「日本の映画館」に行った記録。

hayasinonakanozou.hatenablog.com