ストレスフルな前半を後半で覆す稀有な映画──『スペンサー』感想

見てから1週間以上経つからだいぶ記憶が薄れてしまっているが。面倒でも短い文章でもいいから見て時間が経たないうちに書かないと駄目だな。

 

この映画、見る気はなかったのだがたまむすびでの町山さんが、幽霊が出てくる、ホラー風に撮られている、キューブリックの『シャイニング』に似ている、主演のクリステン・スチュワートは「演技してない」など紹介がとても面白く、なら見てみるかと。クリステン・スチュワートって誰だっけ…と検索してみたら『パニック・ルーム』の女の子か…あの子がダイアナさんを演じるほど時が経過したのか…と感慨を覚える。自分はダイアナさんにもイギリス王室にも関心はないのでそのへんが「実話ベース」だろうがどうでもよくて、抑圧された女性を描くホラー映画を期待して見に行った。

 

映画は最初の20分がつまらなければそのあと面白くなることはない(だから見るのをやめていい)が俺の持論だった。でこの映画、中盤までめちゃくちゃつまらない…というか見ていてストレスを感じる。神経を逆撫でしてくるような不快な音楽。一句一句区切るような硬いスチュワートの口調(パブリックな時だけそうなるあっちの流儀なのかと思いきやプライベートなシーンでも硬い感じ。俺は英語わからんが)。気味悪い侍従のジジイ(名優らしいが顔も言動もむかつく)。スローな展開。加えてまた客ガチャで外れ引いちまって斜め前にいた女の客が持ち込みスナック菓子の袋ガサゴソ、口開けて咀嚼のガリガリを1時間続け、持ち込みはどうでもいいが音のしないものにしてくれ、それかせめて口閉じて食ってくれ、こう書くと大半は音のストレスだったと今になってわかるが、つまらない映画、しかし退屈なのではなくストレスフルだから眠くならずむしろ目が冴えて神経がささくれ立ってくる。席立って帰るか…と決意しかけたところでようやく食い終わったらしく咀嚼音が止みストレス軽減。見続ける。期待していた幽霊の登場シーンは間が抜けていて拍子抜けだったが、夫が愛人に送った真珠のネックレスを引きちぎってそれをスープと一緒に啜るシーン(『スワロウ』を連想)、教会でパパラッチにフラッシュされまくるシーンはよかった。とくに後者は当事者になったような臨場感があった。

 

帰ろう、という気持ちを忘れて面白く見だしたのはどのへんからだったか…夜、ダイアナが一人で実家へ行くあたりからだったか。廃屋を訪れるというホラー的展開、心象風景の描写、ともに見応えあり。俺は『シャイニング』は連想しなかったが。少女時代のダイアナが登場して回想? と思ったらそれを現在の自分が走って追いかけた…んだったか忘れたが、予告でも見られるそのシーンには感心したような記憶がある。終盤、ダイアナが唯一心を許せる衣装係が戻ってきて二人で浜辺を歩いたり、彼女の本心を聞いたりするあたりから陽気なムードに。町山さんが「この曲がかかるシーンが最高に爽快だ」と言っていたシーンはたしかにその通りで、爽快でもありまた感動的でもあり、オープンカーの後部座席から「じゃあね」と子供が手を振るテンプレ的な描写にいい気分に。カレラ911でKFCに寄って「スペンサー」と答えるのもよかった。

 

序盤のつまらなさを終盤で覆す、これまでそんな映画を見た記憶はない…途中で見るのをやめてしまうケースがほとんどだから当然なのだが。自分の従来の常識をひっくり返された、という意味でとても印象に残る映画だった。配信だったらまず序盤で見るのをやめただろう。映画を見るしかできない(それが嫌なら出ていくしかない)映画館という環境だからこそ得られた経験。映画自体のストレスに咀嚼音のストレスも加わっていたようにも思えるが*1…。いい映画だった。見てよかった。

 

*1:自分の住む町の場合レイトショーの方が客層いいかもしれないので今後はレイトに行くようにする