ハリー・ルーベンホールド『切り裂きジャックに殺されたのは誰か』を読んだ

 

 

私たちは質問されもしなければ、話も聞いてもらえない。それなのに私たちの話が書かれていく……。

 

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『亜鉛の少年たち』

 

19世紀末のロンドン、極貧地区ホワイトチャペルで発生した切り裂きジャックと呼ばれる人物による連続殺人事件。従来、殺害された5人の女性は売春婦だったとされてきた。しかし著者は当時の資料を精査した結果、少なくともそのうちの3人については売春は行っていなかったと結論づける。「切り裂きジャックは売春婦殺し」という通説は被害女性たちに誤ったレッテルを貼り、彼女たちの尊厳を傷つけるものであると批判する。殺害された女性たちは皆当時の一般的な市民であり殺人鬼の犠牲にならなければ歴史に名を残すことはなかっただろう女性たち。だから歴史的資料は決して豊富ではないだろうに彼女たちの人生を詳細にわたって調査しているのに感心する。と同時に、これまで歴史家やリッパロロジストたちが切り裂きジャックと彼の犯行について関心を向けるばかりで犠牲者たちについては「ただの売春婦」で片付けて一顧だにしてこなかったのを不審に思う。

 切り裂きジャックは売春婦を殺した、またはそのように信じられてきたが、五人の犠牲者のうち三人に関しては、売春婦だったと示唆する確固たる証拠はない。暗い空き地や路地で遺体が見つかるやいなや、警察は、彼女たちは売春婦であり、性交目的でここへ誘いこんだ変質者に殺害されたのだと推測した。これについても、当時も現在も全く証拠はない。それどころか、検死審問の過程で、切り裂きジャックは被害者と一度も性交していないことが確認されているのだ。さらに、どの事件も争った形跡はなく、殺害は完全な静寂のなかで行われたらしい。付近にいた誰も悲鳴を聞いていないのだ。検死解剖の結果によると、女性たちはみな横たわった姿勢で殺害された。少なくとも三件においては、被害者は路上生活者として知られており、殺害された晩も、ロッジングハウス*1に宿泊する金は持っていなかった。最後の事件の犠牲者は、自分のベッドの上で殺されている。けれども警察は、犯人は売春婦を選んで殺害しているという自説にこだわりすぎたため、自明なはずの結論にたどり着けなかった。その結論とは次のとおり──切り裂きジャックは、就寝中の女性をターゲットにしていたのである。

 

5人それぞれがそれぞれの人生を歩み、中には(途中までとはいえ)教育を受けたり、経済的に余裕のある暮らしを送れていた女性もいる。しかし些細なきっかけで順調に歩いてきたレールを踏み外し、転落し、ロンドンでもっとも貧しい地区へと漂着する。社会福祉が未成熟だった、女性が一人で自分の暮らしを支えるだけの職業を得るのが困難だったという時代状況が彼女たちの転落に大きく影響を及ぼしているけれども、彼女たちを襲ったのと同じ不幸は、ここまで悲惨ではないかもしれないが今日の日本においても起こり得るように思える。倒産、リストラ、離婚、借金、アルコール依存などによって。

 ポリー、アニー、エリザベス、ケイト、メアリー・ジェインの置かれていた状況は、生まれ落ちて以来ずっと不利だった。彼女たちは逆境のなかで人生を開始した。五人のうちのほとんどが労働者階級の生まれだったというだけではない。彼女たちは女性に生まれついた。言葉を話すよりも前から、彼女たちは重要性において男のきょうだいよりも劣るとされ、富裕な女性たちとは違って世の中のお荷物だとされた。彼女たちの価値は、彼女たちが証明しようとするよりも前に、あらかじめ差し引かれていた。男と同じだけ稼ぐことはできないから、教育を施しても意味がないとされた。確保できる仕事といえば家族を助ける性格のものだけであり、やりがいをもたらすものでも、生きがいや個人的充足感を生み出すものでもなかった。労働者階級の娘にとってのプラチナチケットは、家事奉公人としての人生だ。骨の折れる仕事を長年続けることで地位と評価が上がり、調理人や家政婦長、レディつきのメイドになることができる。ケイト・エドウズとポリー・ニコルズはどちらも読み書きができたが、彼女たちのような貧困女性に事務仕事はない。しかし、低賃金工場で一二時間ズボンを縫ったり、宿代と生活費がぎりぎりまかなえる程度の賃金で、マッチ箱を張り合わせたりといった仕事ならたくさんある。貧困女性の労働は安い。なぜなら彼女たちは使い捨てだから。なぜなら社会は彼女たちを一家の稼ぎ手とは見なさないから。しかし不幸なことに、彼女たちの多くは稼ぎ手にならざるをえなかった。夫や父、あるいはパートナーが、出て行ったり亡くなったりしたら、扶養家族を抱えた労働者階級の女性が生きのびることはほとんど不可能だ。男のいない女に価値はない、というように社会はできていたのである。

 

 ポリーとアニー、ケイトが一般的売春に従事していた証拠は皆無であるなか、彼女たちは「臨時売春」をしていたのだと多くの者たちが主張してきた。怪しげな生活を送っている女性なら誰に対してでも使える、道徳的裁きの言葉だ。その女は貧しくてアルコール依存だったから。子どもを捨てたから。姦婦だったから。結婚せずに子どもを産んだから。ロッジングハウスに住んでいたから。夜遅くまで外出していたから。もう魅力的ではなくなっていたから。決まった家に住んでいなかったから。物乞いをしていたから。野宿をしていたから。女らしくあるための規則をすべて破っていたから。こうした理由から連想的に罪がなすりつけられる。この論理はまた、ポリーとアニー、ケイトは三人ともホームレスであり、これこそが三つの事件の共通点だったというのに、なぜこの事実が完全に見落とされていたのかも説明してくれる。「家のない者」と「売春婦」は、その道徳的欠陥においてまったく同一のものだったのだ。労働者階級の貧しい女性が真っ暗な時間に外出していることには多くの理由があったのだが、それらは必ずしも、客引きのようにわかりやすい理由ではなかった。家や家族を持たない者、大酒飲みの者、持たざる者たちは、伝統的ルールに沿った生活を送ってはいなかった。そして、彼女たちが殺人鬼を引き寄せてしまったのはまさにそれゆえであって、性的な動機によるものではなかったのだろう。

 

死者は語ることができない。彼女たちがどうして深夜に、照明が一切ない真っ暗闇の路地裏をうろつかなければならなかったのかを知ることはできない。卑劣な殺人鬼もまた正体を隠したまま姿を消してしまいその動機は解明できないまま事件は歴史となってしまった。不当に貶められた死者たちの声なき声を資料を読み込むことで召喚し、彼女たちの尊厳を回復する試みとして本書はある。

 彼(筆者中:切り裂きジャック)を生かしておくために、われわれは被害者のことを忘れねばならなかった。彼女たちの消滅にわれわれは手を貸したのだ。新聞やドキュメンタリー番組やインターネットで、既存の切り裂きジャック伝説を繰り返すとき、あるいは、起源や典拠を疑うこともなく、証拠の信憑性や伝説成立の前提について深く考えることもなく、学校の子どもたちにこの伝説を教えるとき、われわれはポリー、アニー、エリザベス、ケイト、メアリー・ジェインに対する不公正を延命させているだけでなく、極悪非道な暴力行為を軽視してさえいるのだ。

 

 

 

事件全体の流れを知るのには図版多数のこの本が便利。一部にかなりショッキングな写真あり。切り裂きジャック事件、よく知らなかったんだがかなり猟奇的な事件だったんだな。

 

 

声を拾い集める。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

*1:路上生活者向けの一時的住居