彼女はファム・ファタルか、それとも地獄のサバイバーか 映画『カル』のヒロインについて

 

先日、はてブを見ていたらこんなエントリが上がっていた。

anond.hatelabo.jp

 

これに対して付けた俺のブクマコメントはこれ。

40あたりで狂う女性(美人)が多い理由

こっちは何もしてないのに(下心ある)異性が寄ってくるって鬱陶しくないか。むしろ歳食って男が寄ってこなくなったら生きやすくなって人生快適って思いそうだがそうでもないのかな。

2025/04/10 09:54

 

こっちが何とも思っていない相手から一方的に寄せられる好意は鬱陶しい。というか迷惑だ。狂うなら、理由は増田が述べるようなチヤホヤされなくなったからではなく、好むと好まざるとに関わらずチヤホヤされるからではないか、と思ってしまう。すぐシュバッてくるんじゃねえ、性的に見てくるんじゃねえ、頼むから放っておいてくれ、と。俺は陰の者だからなおさらそう思う。

 

増田の挙げている例は主語が大きい。あと、美人に「物語」を見ているように思える。彼女の人生の成功も失敗も彼女の美しい容姿が原因だと。今回の広末涼子がしたのと同じ「奇行」を不美人がしていたらどうだろうか。別な理由をつけたのではないか。いや、そもそも不美人は関心を持たれないという残酷な真実がある。

 

 

…とか考えてるときに映画『カル』を見た。

 

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『シュリ』や『JSA』と同時期の1999年の韓国映画。現在ディスクが品切れで配信もないため忘れられつつある映画かもしれない。無理して見るほどの映画でもない。自分は当時レンタルで見た。90年代末に流行ったサイコスリラーもので、過激なグロ描写が多いのが特徴。肝心のストーリーが説明不足のため最後まで見ても事件の経緯が判然としない。あえてそうすることで視聴者に考察を促す、中身がないのにあるように見せかける、そんなコケおどし的な作りになっている。初見はちんぷんかんぷんだった*1。でも今回見返したらすんなり犯人も事件の経緯も理解できたので、単純に当時の俺の理解力が乏しかったのだろう。

以下、『カル』のネタバレあり。

 

スヨンという美女の周囲で連続猟奇殺人事件が起きる。犠牲者は彼女と交際経験のある男性ばかり…という話。

スヨンは子供の頃、画家である父親から性暴力を受けていた。この父親は5年前から音信不通だが映画の終盤ですでに殺されていたことが明らかになる。犯人や事件の経緯が判然としないまま終わるとはすでに述べた。なので以下は俺の考察。

 

一連の殺人事件の主犯はスヨン。彼女の親友のソンミンが実行犯。二人は5年前、のちに殺すことになる男たち*2と共同でスヨンの父親を殺害、解体した。その首はソウル市内のアパートの一室に、胴体はスヨンの実家の水槽に入れて飾った。

なぜか今になって、スヨンとソンミンはかつての共犯者たちを殺していく。これが映画のメインストーリーである連続殺人事件。遺体をバラバラにし、別人同士の部分を組み合わせ、人目につきやすい場所に放置する。スヨンは美しい。おそらくは彼女に惹かれて(下心から)父親の殺害に協力した男たちが、事件後それをネタにゆするかして彼女に交際を迫り、身の危険を感じたために殺すことにしたのだろう。が、なぜ5年も経った今になって殺すのか、せっかくバラバラにして身元をわからなくした遺体をなぜ発見されやすい場所に置くのかは意味不明。後者はただの猟奇趣味としか思えない*3。最後はソンミンとも仲違い(またはスヨンが裏切った)してスヨンがソンミンを正当防衛で射殺する。スヨンは韓国を去る。事件は解決したと思った刑事がスヨンの実家を訪れたところ水槽に父親の遺体を発見し、黒幕が彼女だったことに気づくが時すでに遅し。

 

ヒロインであるスヨンは黒髪ロングの清楚系美人。ファッションはお嬢様的な品のいい感じ。口数が少なくミステリアスな魅力を持った人物だ*4。儚げな佇まいは、俺が守ってやらなくちゃ…と男の庇護欲を刺激する。彼女の容姿とキャラクターだからこそ男たちは殺人および解体というおぞましい所業であっても協力したのだろう。子供の頃から男たちの性的欲望の対象として見られることが日常だったスヨンは、自然と現在の自分のキャラを作り上げた。彼女にとっては自分を守るための処世術なのに男たちは誘惑と思い込む。恋に狂った相手は何をするかわからない危険な存在だ。だから抹消していく。スヨンにとって不幸なのは、同性の親友であるソンミンまでスヨンに思いを寄せていたことにある。完全犯罪のためには彼女も殺さなくてはならない。射殺したあとのスヨンの涙は親友の死を嘆いたものだろう*5

 

スヨンにとってはその佇まいも、口数の少なさも、嘘をつくのも、美しく生まれついたがゆえに、欲望される人生という地獄を生き抜くための生存戦略だった*6。だが男たちはその振る舞いを誘惑と受け取った。関係とは相対的なものだ。一方にとっての真実が他方にとっても真実とは限らない。

 

上のエントリを読んだタイミングだったので、この映画の謎や猟奇趣味以上に、ヒロインであるスヨンのキャラクターについて考えながら見た。美人だから人生がチョロいってことはないですね。人それぞれに地獄がある。この世に生きること自体が、そして他人という存在が地獄なんだからしようがない。スヨンが彼女の地獄から抜け出すには美しさを手放す必要がある。

 

スヨンを演じた女優シム・ウナは、『カル』出演から間もない2001年に引退宣言をして以降メディアに露出していないという。引退の理由は知らないが、スヨンと重ねて邪推したくなる誘惑にかられる。

 

…と、こうしてスヨンの地獄について考えることもまた、俺が増田に指摘したのと同じく、美人に「物語」を見出す営みであるのは否定し得ない。ただ、俺の見方だと40歳あたりで女性(美人)が狂うという理屈は成り立たない。逆に、40歳くらいから異性から欲望されることが減って人生が快適になる、という理屈になる。実際はどうなんだろう。人によると言われたらそれまでだが、俺は女でも美形でもないから実体験からは何も言えない。

 

 

*1:当時の掲示板やホームページで色々考察されているのを読んだりした

*2:写真に写っていたメンバー

*3:犠牲者の身元が割れればスヨンが疑われるのは明白なのに

*4:原題がTell Me Somethingなのは暗示的

*5:と思いたい

*6:そもそも父親から性暴力を受けたというのも嘘かもしれない…がそうなると彼女が父親を殺す理由がわからなくなってしまうのでそうは考えないことにする