
phaさんのnoteの日記から、2021年の読書に関する部分を中心に抜き出し、加筆してまとめたもの。感想や紹介にそそられて、読みたくなる本が増えるすぐれたブックガイド。2021年に書かれた『人生の土台となる読書』の姉妹編ともいえる。
2021年はコロナ禍の真っ最中だった。1年延期された東京オリンピックの開催もあった。この本は非日常だった日々の貴重な記録でもある。
この本は今年の初めに高円寺の蟹ブックスで購入した。phaさんにレジしてもらってサインも頂いた。会計のとき多分俺はキョドっていた…。
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通販でも買えます。
phaさんの文章はスッと入ってきていくらでも読める。この読みやすさはどこから来てるのだろう。マウンティングや自己主張をしないところ。「〜だな」とか「〜だよな」といった独り言のような書き方で押しつけがましさや嫌味がないところ。感情的にならずフラットなところ。肩肘張らない適度な脱力感。自然体でわざとらしさがないところ。そのへんだろうか。
『人生の土台となる読書』を読んで、そこで紹介されている本を30冊くらいAmazonのほしいものリストに登録した。今確認したら16冊になっていたので2年ほどの間に読んでいったのかな。
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この『やる気のない読書日記』を読んだらまた読みたい本が増えてしまった。なのでまたAmazonに登録した。登録したものの、読んだり、読み終えたりするかはわからない。紹介の方が実際の本より面白いということが、いいブックガイドの場合往々にしてあるから。
読みたくなった本のうちの何冊かを、紹介文を一部引用しつつ挙げる。
高村友也『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか』
幼いころから自分が全て無になってしまうという死の恐怖に取りつかれ、東大から慶應の院に進学し哲学を勉強するも、世俗的な立身出世に全く興味が持てず、無所有の生を送りたくて路上生活から小屋暮らしに辿り着くという半生が書かれていて面白い本だった。
同じ著者の『自作の小屋で暮らそう』を『人生の土台となる読書』に教えられて読んだがとても面白かった。
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内容的にこの本も通じるところがある。
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ダニエル・L・エヴェレット『ピダハン』
この著者はキリスト教の伝道者としてピダハンのところに行ったのだけど、彼らとともに暮らすうちに自分の信仰心に疑いを持つようになってしまい(なんで会ったことも見たこともないキリストの言葉を信じているのか、といか(ママ))、ついには信仰を棄ててしまうのだ。
この本は『人生の土台となる読書』にも出てきた。まだ読んでいないけど面白そう。
石牟礼道子『苦界浄土』
水俣病について書かれた本で、公害の悲惨さに対する怒りや悲しみはもちろんあるんだけど、それだけにとどまらず、人間の業を全てまとめて鎮魂する神話のような凄みがある。詩なんだよな。
池澤夏樹が世界文学全集を編んだとき日本からはこの小説を選んでいた。読まなくちゃ…と思いつつまだ読めていない。
キャスリン・マコーリフ『心を操る寄生生物』
僕らの行動は寄生生物によって変化している、という例がいろいろ載っている。
この本も『人生の土台となる読書』に出てきた。
pha『人生の土台となる読書』
いろんな本を紹介しているわけだけど、通底しているテーマとしては「人間はポンコツ(でもそれでいい)」「全てはたまたま(だから気負うな)」「思い込みは怖い」みたいな感じだと思う。
俺は意識しないと文芸ばかり読んでしまうので、この本で紹介される宇宙の話とかはとても新鮮で刺激的だった。この本を読んで以降、YouTubeで宇宙関連の動画を見るようになった。落ち込んだとき宇宙の壮大さを思うと、自分が小さすぎて何もかもどうでもよくなる。少しくらい恥をかこうが傷つこうが、それがどうした。俺の一生なんて地球や太陽から見れば瞬きにも満たないわずかなもの。そう思うと気が楽になる。生きていける気がする。
この本はブックガイドであるとともにコロナ禍の記録でもあると書いた。読みながら、あの頃こんなだったなあと懐かしく思い出した。まん防、緊急事態宣言、外出自粛要請、飲食店の営業時間短縮、飛散防止のアクリル板、ワクチン接種…。たった数年前の出来事なのに、あの頃自分がどう過ごしていたかをうっすらとしか思い出せないのは、俺の記憶力がお粗末だからか。飲食店は一時休業してたんだっけ? 映画館がしばらく休業したのは覚えている。マスクを求める人たちがドラッグストアの開店前から長蛇の列を作っていた。ウイルスに有効と話題になると信憑性があるかどうかもわからないうちにその商品が棚から消えた。陰謀論はあの頃から勢いを増していったように思う。SNSも変な方向へ行ってしまった。
ウイルスによるパンデミックなんて一生でそうそう体験できる出来事じゃない。あとから思い出せるように、当時の俺もphaさんみたくたくさん日記を書けばよかった。コロナ禍がどういうものだったかは他に記録が残っていたとしても、「俺がどう感じたか、何を思っていたか」は俺にしか書けない。ブログは公開するものだからついつい特別な日のことを書いてしまいがちだけど、なんでもない日常の記録こそ、その人が普段どう生きていたかが表れる貴重なものなんじゃないかっていう気がする*1。他人には何の役にも立たなくてもいいのだ。未来の自分のために書くのだ。失われて二度と帰ってこない時間を、文章という形で保存しておくのだ。あとから振り返って味わうために。時間こそが生きた証だから。
これからも独身中年の日常をここに書き続けよう、と決意を新たにした。
『鬱ごはん』4巻もコロナ禍当時の閉塞感が記録されている。今でもよく読み返す。馬の話と猫の話が好き。
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*1:身バレしない範囲で





