最近読んだ本(2025年5月)

最近、去年の夏のようにホラー小説をいくらか読んだ。

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きっかけははてブで以下のエントリを読んで興味を持ったから。列挙されているタイトルをあたった。

anond.hatelabo.jp

 

ここのところ小説ばっかり読んでるので少し飽きてきた。来月は違うジャンルを読みたい。

 

牧野修『夢魘祓い 錆域の少女』
夢魘祓い ――錆域の少女 (角川ホラー文庫 ま 1-4)

夢魘祓い ――錆域の少女 (角川ホラー文庫 ま 1-4)

  • 作者:牧野 修
  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
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魔を退治するために戦う少女と彼女を助ける少年の話。ほぼラノベ。少女がすっとぼけていて少年との掛け合いがユーモラス。

超常現象的な怖さはあまりない。魔に憑かれる人たちの人生が悲惨。上のエントリの「怖さのベクトルがおかしい」はたぶんそのことを言ってるんだと思う。

ラストのぶん投げっぷりがすごい。

 

 

牧野修『アロマパラノイド』

上のエントリで挙げられている牧野修『だからドロシー帰っておいで』は80頁ほど読んでだるくなって挫折した。俺が期待するホラーと少し違う。『夢魘祓い』もそうだがSFっぽい。異世界での冒険。俺は日常に潜む怪異や因習村や人怖を好む。

同じ作者の『アロマパラノイド』は嗅覚、UFOカルト、神秘体験、認識論などが混ざっておりホラーで括るには盛りだくさんな内容。

UFOカルト絡みの怪文書が気味悪い。毒電波を防ぐため頭にアルミホイル巻かなきゃ。

主人公が自宅マンションのエレベーターで乗り合わせる父子がめちゃくちゃ気持ち悪い。こういうの、よく思いつくなあと感心する。作家の想像力ってすごい。

 

 

ジル・ペイトン・ウォルシュ『パティの宇宙日記』

これも上のエントリで教えられた。

児童向け。地球が寿命を迎えたため人が住めるような環境じゃない惑星に移住した人たちの話。金持ちはもっといい惑星へ移住できた。主人公たちは庶民だからスカを摑まされた。

「ムチャクチャ怖い」というほどでもない。俺は怖さより気持ち悪さが勝った。

最後、書かれてはいないが全滅だろうなあ。

 

 

沙藤一樹『X雨』

これも上のエントリで教えられた。

少年少女4人が能力に目覚めて戦う…的な話なんだけど、そうじゃない。

作者が能力者の一人である少年から聞いた話がこの小説…という体裁だが、途中で作者は彼の話を胡散臭く感じて疑い出す。で、聞き書きに創作を加えるようになる。なんじゃこれは? 少年の妄想か? 厨二的ラノベか? と思うような展開になるから少年を疑いたくなるのはわかるんだけど、書いているうちに作者もおかしくなってしまい話が混迷していく。

小説が作者によって解体されていく。このメタフィクション的構成が面白い。

能力者たちは小学生。彼らは仲よしグループじゃない。少年二人は表向きはつるんでいるものの陰では一人の少女をめぐって対立している微妙な関係。俺も中学生の頃、縁を切りたいと思いつつ、そいつがグループの中心的存在だったから思い切れず、我慢して付き合っていた腐れ縁の悪友がいた。育ちがよくない…などと友だちに対する言葉じゃないが、そうと言いたくなるような性格で、色々トラブルに巻き込まれて閉口した。警察沙汰になったこともある。社会人になってから縁を切った。彼の親の葬式にも参加しなかった。この小説の主人公の、自分よりカースト上位のクラスメイトに媚びるように付き合いながら内心では反発している少年の心情が、自分の過去を思い出させてしんどかった。

 

 

沙藤一樹『D-ブリッジ・テープ』

『X雨』がよかったので同じ作者のものを続けて。見捨てられた土地で懸命に生きる少年少女の物語。D-ブリッジは未来のベイブリッジ。

ほぼ全編モノローグで30分もあれば読めてしまう。

 

 

沙藤一樹『プルトニウムと半月』 

原発事故後の汚染地域が舞台。ヒャッハーな無法地帯となった見捨てられた土地で暮らす少年少女たちの物語。刊行は東日本大震災の11年前。

裏表紙の概要と読み始めてしばらくの展開が合致せず戸惑ったが読んでいくうちに謎は解けた。ミスリードさせる仕掛けがある。

作者の本を3冊続けて読んで、子供時代のイノセンスとその喪失を描く作家という印象を持った。

牧野修作品同様、世界観がホラーというよりSFな気がする。

『X雨』もそうだったが、好きな少女が別の相手と性交したり強姦されたりするのを主人公が目撃するシーンがあって不愉快。終盤は怒涛の鬱展開。なぜそうなる、と白けてしまった。

作者、最近は書いていないっぽい。

 

 

五十嵐貴久『リカ』
リカ

リカ

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出会い系で知り合ったやべー女に気に入られてストーキングされる中年男の話。男がクズなのでひどい目に遭おうが自業自得、同情する気になれないのがいい。

2002年の刊行時にはまだ一般的ではなかったインターネットでの出会いについてチュートリアル的な序盤の100頁は、インターネットやマッチングアプリが浸透した現代に読むとまだるっこしい。

リカと出会い、異常性に気づき、粘着され、調査を依頼した探偵の死体が発見されるあたりまでは面白かった。そのあとはラストも含めて予想できる展開に。リカには話が通じないイライラはあったが怖さは感じなかった。多重人格?

 

 

pha『やる気のない読書日記』

ブックガイドでありコロナ禍の記録でもある。

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谷頭和希『ニセコ化するニッポン』

・ニセコ化とは、「選択と集中によるテーマパーク化」
・ニセコ化は日本中に広がっている
・ニセコ化に成功するとそこは賑わう場所になる
・ニセコ化は選ばれなかった人たちを静かに排除する

ということを、ニセコ、千客万来、ディズニーリゾート、渋谷、新大久保、スタバ、びっくりドンキー、ヴィレバンなどの例を挙げて述べる。

納得できる部分もあれば牽強付会では? という箇所も。ニセコ化言いたいだけちゃうんかいと。

ニセコ化は狙ってやれば必ずうまくいくもんじゃない。時代の変化で失敗するケースもある。ヴィレバンがそう。大量のテナント出店に伴うサブカル濃度の希薄化。

公共性と企業経営方針は相反する場合がほとんどだろうから排除はやむなしでは、が私見。企業ってのは製品やサービスのほかにイメージも売っている。マーケティングの結果だからニセコ化問題は昔からあったんじゃないだろうか。高級ブランドショップなんて最たるものだろう。多様性尊重の時代ゆえの問題とか、情報化社会だから拡散されやすくなったとかが背景としてありそう。

俺はニセコもディズニーも渋谷もスタバも興味ないし代わりになる場所はいくらでもあるんだから自分にとっての「推し」を推していけばいいんじゃないでしょうか。人の行かないところを探して行くのもいい。情報に踊らされるな。

 

 

阿久津隆『本の読める場所を求めて』

「本の読める店 フヅクエ」オーナーによるエッセイ。

fuzkue.com

 

最初は自意識をこじらせたような文体に戸惑った。読書に対する姿勢がナイーブすぎるとも。

自宅で読書していると日常生活の細々したことを意識してしまうせいで中断される話が出てくる。我が身に置き換えて考えると労働さえなければ読書はいくらでもできる。没頭できる。労働のせいで自由な時間が制約されるし、やることが増えるし、読書中も頭の片隅から消せない。三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』もそういう話じゃなかったか。

本を読める理想的な店ってどんなだろうと考えるとたしかにフヅクエみたいなあり方になるのかもしれない。オーダーごとに小さくなっていく席料はいいアイデアだと思った。

読書は孤独な行為、それをフヅクエという場があるおかげで見知らぬ他者と結託できるのは心強い。

いつかお店に行ってみようと思う。お店の写真見るとかなり雰囲気よくて俺みたいなイケてないおっさんは入店するのに気後れしそう。「あ、あ、あの、ひっ一人なんですけど…」

 

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