好きな本は何冊でも買う、それが自由というものだ

はてブを見ていたらこんなエントリが上がっていた。

anond.hatelabo.jp

 

これに対して付けた俺のブクマコメントはこれ。

やっぱ電子書籍じゃダメなんだよ!

ふつういい本だと思ったら紙と電子両方買うよね

2025/06/09 18:47

 

電子書籍のよさは思いついたら本屋へ行かず通販で届くのも待たずその場で即購入/読めること、データとして持ち運べるからかさばさらないこと、品切れ本でも買えるケースが多いこと、明確な記憶に基づいた検索性が高いこと。

一方で紙の本のよさは読むのに電池も電源も不要なこと、物体として所有する満足感があること、人と共有できること、曖昧な記憶に基づいた検索性が高いこと。

 

内容を読むだけならいつでもどこでも読める電子書籍の方が効率がいい。でも読書ってただページに書かれている文字を読むだけの営みではない。40年近くコミックスを含む紙の本を買ってきた(また手放してきた)人間として、多少は本を読み紙の本を好んできた人間として思うのは、

それに読書って、ただ書いてあることを読むだけじゃない。本屋で本を探すこと、選ぶこと、買うこと、所有すること、書棚に並べること、装丁を撫でること、ぱらぱらめくって内容を想像すること、これらもまた読書だと俺は思っている。読むことは読書という営みのうちのひとつに過ぎない。読書っていうのはとても懐が深いものなのだ。

ということ。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

「本を手放すこと」も読書に含めるとか言い出したらさすがに倒錯が過ぎるな。

 

俺のブクマコメント、「ふつう」なんて言っちゃってちょっと煽ってる感が出てしまったのはよろしくない。まだまだ精進が足りない。本を読んでも賢い人間にも善い人間にもなれなかったし、年収が増えたり女にモテるようになったわけでもない。それでも本を読む人間として生きられてよかったと思っている。人生のうち読書に費やしてきた時間をもっと別の何かにあてていれば…とは微塵も思わない。

Q.なぜそう思うんですか?

A.本を読むのは楽しいからです!

 

Kindleの本棚。

 

読んでいい本だと思ったらあとから電子版を買ったり紙の本を買ったりする。上で挙げた両者のメリットをことごとく享受するために。

 

長い間、同じ本を一冊しか買ってはいけない、所有してはいけない、と思い込んでいた。でもあるとき、古本屋で、すでに持っているが状態のいい同じ本を見つけて衝動的に買ってしまったあと、家に帰って本棚に並べて気がついた。いい本は何冊持っていてもいいんだ、どうして複数冊買ってはいけない、所有してはいけない、なんて思考の檻に囚われていたんだろうと。好きな本は何冊でも買っていいんだと思えるようになってから、人生が少しだけ豊かになった気がする。いつだったかラジオで、具は忘れたので仮に鮭とするが、鮭おにぎりを大好きな人がコンビニでおにぎりを買うとき、毎回鮭は買うとして、一つじゃ足りないからもう一つ買うとなると、何おにぎりを選ぶか悩んでいた。しかしあるとき、鮭おにぎりが好きなんだから鮭おにぎりを二つ買えばいいんだ! と気づき、それが革命的な閃きだったという話をしていた。本も同じですね。おにぎりや本の他にもあるでしょう。好きなら同じものであってもいくつでも買えばいいんじゃないでしょうか。それが自由というものではないでしょうか。

 

ネルヴァルの短編集『火の娘たち』、とりわけ「シルヴィ」を好んでいるので古本屋で状態のいい文庫を見かけるとつい買ってしまう。野生の希少動物を見かけて保護する感覚に近い。俺が守ってやらねば…みたいな。頭イカれてるか?

 

 

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com