小松和彦『神隠しと日本人』を読んだ

 

私たちの日常生活のなかで「神隠し」という語があまり用いられなくなってからかなりになる。いつの頃からかは地域差があって一概にはいえないが、およそのところをいえば、都市化の波が急速に地方に及んだ昭和三十年代の高度成長期以降からのようである。

 

現代日本においては、人が姿を消したとしてももはや神隠しと呼ばれることはない。代わりに、失踪、蒸発、誘拐、家出、事件に巻き込まれた可能性、などと呼ぶ。神隠しとは人が姿を消す理由を社会の外部の隠し神(天狗や山姥や狐や鬼)に帰するもの。一方で隠し神など信じない現代では人が姿を消せばその理由を社会の外部ではなく内部に求める。

事件発生の原因はこの人間社会の内部にあり、その結末に至る一切のプロセスもまたこの人間社会の内部にあると考えているのである。要するに、私たち現代人は人の失踪・行方不明という出来事を、「神」とか「モノ」といった存在を介入させて理解することをやめてしまったのだ。

すなわち、私たちは「神隠し」の原因とされる「神」を信じなくなってしまったのである。「神」の 棲む領域としての「異界」を失ってしまったのである。

神隠しという語には不思議な情緒がある。戦慄を誘うロマンとでも言おうか。「異界」の人間への介入が想起されるがゆえか。

 

前触れもなく、ある日突然人が姿を消す。村人総出で捜索しても痕跡ひとつ見つからない。伝承によると神隠しに遭いやすいのは子供か若い女性で、時刻は夕暮れ時が多かったという。子供や若い女性は共同体でもっとも低い階層に位置する非力な人々。夕暮れとはすなわち黄昏時(誰そ彼時)あるいは逢魔が時(大禍時)。日没により世界が徐々に闇に浸されていく時刻はまた人間の生理が昼のそれから夜のそれへと移行する不安定な時刻でもあった。遊びに夢中になった子供がいつしか山の中で迷子になったり、犠牲を強いる「家」から逃れたくなった女性が意を決して村の外へ飛び出したり、あるいは子供や女性を拐おうとする悪人の餌食になったり、神隠し伝承の正体とはおそらくそんなところだったのではないかと推測される。

 

本書に、時代は不明だが四国のある村の女性が神隠しに遭い、六日間村人総出で捜すも見つからず、七日目に母親が何の気なしに家の押し入れを開けると、女性がぼろきれの山の中に隠れて、「からだじゅうにかかれたような傷があり、着物は何もかもぼろぼろになってうずくまっていた」という事例が紹介されている。この事例は自分には山中かあるいは村のどこかで強姦された女性が心的外傷を負い、恐怖心から押し入れの中に隠れていたようにしか思えない。おそらくは当時の村人たちも真相に勘づいたはずで、彼女を襲ったのは村の男だったのだろう。しかし狭い村の中で村人同士がいがみ合っては共同体を安定的に維持できなくなる。襲った男は村の有力者だった可能性もある。そこで責任を棚上げする方便として人々は神隠しという概念を用いた。強姦された娘を母親が諭す、お前を襲ったのは村の誰々ではなく彼そっくりに化けた鬼だったんだよ、だから彼を恨まず悪い夢だったと思って忘れなさい、と。娘がそれで納得するかは知らない。きっと納得しないだろう。しかし近代以前の男尊女卑な村社会で若い女性が男に歯向かうなどできるはずもなかった。そう言う閉鎖的な環境に嫌気が差して村から逃亡し、「神隠し」認定される女性もまた別にいたことだろう。

村びとたちは自殺も、事故死も、誘拐も口減らしのための殺人も、身売りも、家出も、道に迷って山中をさまよったことや、ほんの数時間迷い子になったことまでも、「隠し神」のせいにしてしまおうとしていたのである。

失踪事件が発生する。「神隠しかもしれない」と人びとは、 鉦 や太鼓で探し回ったが見つからない。数日後に、失踪者が死体となって山中で発見される。人びとは死体の発見場所や死体の状態などに「不思議」を見つけ出し、やはり「神隠しにあったのだ」と判断する。そうすることで失踪者は、民俗社会の〝向う側〟、神の世界へ旅だった者、つまり社会的に死んだ者として処理されるのである。この失踪者の死の真相が、事故死であれ、自殺であれ、また殺人であれ、「神隠し」というラベルを貼ることで、すべてが不問に付されて、失踪者=死者は〝向う側〟に送り出されることになる。たとえ真相を知る人がいたとしても、そうしたラベル貼りを認めることで、真相もヴェールに包まれてしまうわけである。

おわかりになったかと思う。「神隠し」とは、人を隠してしまうだけではなく、真相を直視することをも隠してしまう機能をもっていたのだ。

 

人間の仕業を隠し神のせいにすることで人を恨まずに済ませるようにする、しかし実際には社会的弱者に一方的に犠牲を押し付けて上辺を取り繕っているに過ぎない…神隠しとはまことに日本人的な知恵だと感服する。しかし人間の振る舞いを人間の責任に帰さないという知恵は古代ギリシアにもあったようで、ホメロスだったかに、激怒した武将が怒りが収まったあとであれは怒りの神が自分に取り憑いたせいだと述懐する場面がある。神隠しも怒りの神も、人間の仕業を神の責任とすることで人間関係の波風を立てないようにする古人の知恵なのかもしれない。

 

神隠しに遭った誰かが何十年も経ってからひょっこり故郷へ帰ってくることはよくあった。彼は、自分は神隠しに遭ったがようやく今日帰ってこられた、と彼を知る人たちに言う。彼が姿を消した理由は、実際には閉鎖的な故郷が嫌になったからか、親に許されない相手と駆け落ちしたからか、都会に憧れたからだったかもしれない。しかし神隠し認定がされたのなら彼の失踪は彼の責任ではなくなる。共同体は彼の行為の是非を不問に付す。一時的な激情に駆られて家出をしたものの、冷静になって気持ちの整理をつけ、考え直して帰村する。そういう発作的な家出の方便として神隠しが機能してきた面は多分にあっただろう。閉鎖的な村社会だからそこから逃走したいと望む者は多かったはずで、彼らの一時的な社会からの逸脱を、神隠しの名の下に人々は許容してきたのだ。

山本光正は、こうしたことをふまえて、「家出人や欠落人が無事帰村した場合、〝神隠し〟という現象が方便として、というよりも従来の生活に戻ろうとした人に、時によっては救いの手段として用いられたのではなかろうか。過去を水に流す方法の一つであったわけである」(「風与思うこと」)と述べている。つまり、失踪者が戻ってきたとき、神隠しは帰村の理由として認められるとともに過去をも隠してしまうという効果をもっていたのである。

 

「もし仕事に行きたくなくなったら、そのまま反対の電車に乗って、海を見に行くといいよ」から始まる、もはや古典と言ってもいいかもしれない2ちゃんねるのコピペがあるが、そういう一時的な逃避が許容される社会は人が生きやすい社会だと思う。でも今更神隠しを復活させるなどできないわけで、だから現代人は神隠しの代わりとなる避難所を自前で用意しなくてはいけない。