リバイバル上映で『秒速5センチメートル』を見た

 

60分映画のリバイバル上映が特別料金1600円。割引サービス等の利用不可。ユナイテッド・シネマ会員は通常1500円で見られるからむしろ新作よりも鑑賞料金が高くなるというユニークな事態に。新海ブランドの力か、強気の価格設定。でも劇場のスクリーンで『秒速』が見られたから満足。

 

『秒速』、自分が新海誠監督を知ったきっかけとなった作品である。2010年頃、大きな声では言えないがニコニコ動画に(違法?)アップロードされていたのをたまたま見た。見て、まず背景のリアルさ、綺麗さに、衝撃と言っていいくらいびっくりした。それまではジブリエヴァ以外のアニメはほぼ見ていなかったので(俺はガンダムを殆ど知らないので同世代とその話になっても入れない)アニメというメディアに対する子供向け、オタク向けの娯楽というステレオタイプなイメージが、作品にもよるがアートなものもあるんだ、と一新されるきっかけになった。…こう書くとなんか偉そうだな。

 

この頃、『ハルヒ』も夢中で見ていた。少しあとには『まどマギ』にハマった。今振り返ると震災前後の数年は人生でもっともアニメを見ていた時期だった。最近はまた見なくなって映画でたまに見るほかはアマプラで年に数本話題作を見るくらいに落ち着いた。『鬼滅』とか『チェンソーマン』とか。今週、『葬送のフリーレン』を完走した。面白かった。『ダンジョン飯』はまだ見ていない。

 

で『秒速』の話に戻るんだけど、初めて見たとき、かなり引きずった。昔好きだった女性の幻影に今も付き纏われている男、というストーリーがとても身に沁みた。俺もちょうどこの当時、いや当時じゃないな、もう少し前の話だけど失恋していて、それもまあ結構手痛い失恋で、にもかかわらずその相手を忘れられない…というかもう忘れたつもりだったのに『秒速』を見たせいでその相手がフラッシュバックして、せっかく閉じた傷口を再び開かれるような心理的な痛みを覚えたのだった。つらいストーリーを綺麗な絵で展開するから妙にロマンチックな気分にさせられてしまう。俺の傷は、この痛みは、特別なもの、「文芸的」なもの、みたいな勘違いに酔わされてしまう。今振り返ると小っ恥ずかしいけれども黒歴史ってほどじゃない。当時、それだけ若くて「元気」だったんだな、と微笑ましい気持ちで過去の自分を眺めるだけだ。

 

46歳の自分はもうこの映画を見ても30そこそこだった頃の自分が受けたような衝撃も感動も感じなかった。それどころか正直退屈ささえ覚えてしまった。この映画はもう「俺の話」じゃなくなったってことなのだろう。たしかに、あんなに好きだった相手の顔も、失恋して15年が経とうという今ではもう思い出せない。貴樹のように幻影を引きずれるのは、それはそれで幸福なことなんじゃないのか、とすら思ってしまう。まあ基本的に人は何もかも忘れていくし執着も次第に薄れていく。花苗もいずれ貴樹のことを忘れるだろう。いやとっくに忘れているかもしれない。ラストの貴樹の表情は、あれも初恋の思い出に見切りをつけて前を向いて生きていくことを示している。振り返ったのち、前進。そういう生き方が健全でいい。

 

『秒速』のサブタイトル? にtheir distanceとある。『ほしのこえ』も『雲のむこう、約束の場所』も人と人との距離と感情の変化についての話で、当時の新海監督のテーマだったんだろうな、と勝手に思っている。親しかった相手も物理的に距離が離れ疎遠になれば遠からず心の距離も離れていく。やがて自然消滅。それは普通のことで、人はまた新しい環境で誰かを好きになって生きていく。貴樹と明里を指して「男は名前をつけて保存、女は上書き保存」という向きもあるけれど、明里もエスカレーターでふと振り返ったりしてるし、岩舟駅から乗った電車内で浮かべる表情は、ついさっき両親と結婚式や婚約者について話したばかりとは思えないような憂いを帯びていて、彼女は彼女なりに抱えている思いがあって、けれどもその感情は貴樹のようなモノローグの機会を与えられていないから見ている側が想像するしかないような作りになっている。貴樹もまた花苗に対して、(結果的には)明里が貴樹にしたのと同じ仕打ちをしてしまっているわけで、まったく、恋愛なんてろくでもねえな、という気持ちになる。ろくでもなくても誰かを好きにならずにいられない人間ってなんて憐むべき存在なのか、とも。

 

すげえ絵だ、と感銘を受けた『秒速』も、『言の葉の庭』から『すずめの戸締まり』へと至る過程ですっかり見なれたものとなり新鮮さがなくなってしまったが、その新鮮さがなくなったことこそ新海監督が果たした偉業だと思う。まったく、俺が初めて『秒速』を見てからの15年のあいだに新海監督が着実に実績を積み重ねてきたのに対して、俺ときたら、出世もせず、結婚もせず、実家暮らしで、まったく何も残せていない。進歩がない。情けねえ。

 

5/17からは『雲のむこう、約束の場所』がリバイバル上映される模様。


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