現実は小説より奇なり──『ある行旅死亡人の物語』を読んだ

 

 

2020年に尼崎市のあるアパートで遺体となって発見された高齢女性の素性を探るノンフィクション。この件については以前ネットで読んでおりそのときから関心を抱いていた。先に結論を言うと本書はネット記事に大幅な加筆修正がされてはいるものの結末については変化がない。下でリンクしているネット記事を読めば大筋は知ることができる*1

 

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前後編に分かれた長い記事だが読み応えがある。この女性、素性が不明でとにかく謎が多い。社会との接点を断とうとしていたふしがある一方で、犬のぬいぐるみがまるで我が子であるかのようにベビーベッドに残されていたことから大切にしていた自分だけの世界があったと推測される。そして金庫に残されていた現金3400万円。行旅死亡人の所持金としては過去最高額であるこれほどの金を持ちながら、風呂なしの老朽化したアパートで人目を忍ぶ暮らしを何十年と続けていた。いったいなぜ? 

 

以下、ブクログの感想からコピペ。

この本の内容については以前ネットで読んでおり、以降気になっていた。2020年、尼崎のあるアパートの一室で現金3400万円を残して亡くなっていた一人の高齢女性。その死そのものに不審な点はなかったものの彼女の素性は謎めいていた。本名なのか偽名なのかはっきりしない。12歳もサバを読んでいた。右手の指すべてを工場勤務での事故で失っていた。にも関わらず労災を受け取っていなかった。年金も受け取っていなかった。住民票は役所の処理によって消されていた。親類や友人とのつながりを示す手がかりが一切部屋に残されていなかった。大きな犬のぬいぐるみが置かれたベビーベッド。若い頃の写真。一緒に写っているやはり素性不明の男性(彼女は結婚していなかった)。アパートはその男性名義で契約していたが大家は何十年ものあいだ一度もその男性を見たことがないという。通話記録はなく基本料金だけを払い続けていた旧型の電話。近所の人たちとの接触を避けるような暮らしぶり。部屋の窓には内側からつっかえをし玄関扉には自前のチェーンをつけていた。

行旅死亡人データベース」でこの女性の存在を知った記者二人が、わずかな手がかりをもとに細い糸をたぐりよせ出身地の広島にたどり着く。しかし結局上記の謎の大半は謎のまま残される。北朝鮮のスパイ? いやむしろ暴力団関係の方が濃厚だろうか? 遺体発見時にはあった貴金属類が行方知れずになったのはなぜ? 解明されない部分が多すぎて最後まで読んでも物足りなさが残る。が、警察や探偵でも断念した女性の素性をここまで突き止めた記者二人の執念はすごい。

自分がこの女性の死に関心を持ったのは、ベビーベッドに置かれたぬいぐるみの写真に彼女の叶わなかった願いを見たような気がしたため。LLLサイズの犬のぬいぐるみは幼児用の服を着せられ、名札には男性と女性の子供であるかのような姓名が記入されていた。彼女はぬいぐるみにどんな思いを託していたのだろう。30年も40年もそばに置き続けたぬいぐるみ、まるで自分の子供、家族のように。彼女は男性と一緒になりたかったが何らかの事情があってできなかった? にも関わらずその部屋で待ち続けた? 3400万円は手切れ金? 謎は永久に謎のまま残された。

(ここまでコピペ)

 

ネット記事には詳細が省略されていたが取材は難航を極めた。この女性の本名や親族にまでたどり着けたのはほとんど奇跡と言っていい*2。生前の暮らしぶりから、本人は素性を明らかにされるのを望んでいなかったのではないか、との疑念は措く。遺骨が故郷に帰ることができたのだから記者二人の大変な功徳じゃないか。

 

無造作に束ねられた紙幣、ヤミの歯医者にかかっていた、銀行口座からの不自然な引き出し──堅気じゃなかったのかもしれない。労災も年金も自分から受け取り拒否したのは素性を知られたくないとの強い決意あってのものだろう。北朝鮮工作員との関連性は薄いとの見立てだがどうだろうか。彼女の死亡後、誰かが部屋に侵入して身元が判明しそうなものを処分した可能性は? 遺体発見時、部屋には直近のレシート類が一切ないなど生活の痕跡がなく、扉は施錠されていたのに部屋の鍵は遂に見つからなかった。

 

どれほど隠そう、隠れようとしても人は生きた以上その証を残しているもの。一方で、どれほど手を尽くしても人の内心は本人以外には謎として残されるもの。その二つの事実を垣間見るようでとても奇特な”事件”だったと思う。自分が失踪事件や未解決事件に関心を抱くのは、そういう永久に解けない謎に惹かれるからかもしれない。

 

 

 

失踪した娘を探す母親の物語。

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神隠しという言葉の持つ不思議な魅力。

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失踪した女性の素性を探っていく過程にこの小説をふと連想した。

 

*1:後編の最後で情報提供を呼びかけているが有力な情報は寄せられなかったとのこと

*2:珍しい姓の印鑑が遺品として残されていたのが大きかった