映画『薬の神じゃない!』鑑賞

土曜日とはいえ、雨が降って寒い日の21:00近くだというのに映画館は多くの人でごった返していた。「鬼滅の刃」人気恐るべし。「薬の神じゃない!」の方は20人いるかいないか程度で、全席販売解禁となったもののソーシャルディスタンスが保たれていた。全席販売の場合、上映中の食事は禁止で、飲料のみ可、とのこと。今年の映画業界は、もちろん映画業界のみに留まらないが、かなり厳しい状況だろうから、「鬼滅の刃」が盛り上がるのはとてもいいことだと思う。自分は、「鬼滅」のアニメは五話くらいまで見たもののイマイチ乗れずそのままになっているのだが…。

 

で、「薬の神じゃない!」の感想。

中国で実際にあった、白血病治療薬の密輸販売を描いた映画。正規の治療薬は高額すぎて庶民にはとても買えない。同じ薬効のジェネリック薬は政府によって輸入が禁止されている。同じ薬効なのに政府によって「ニセ薬」として取締りの対象となるのは、正規の治療薬を販売している製薬会社からの要請によるもの。これでは政府が、高額な治療薬を買えない貧乏人は死ねと言っているのに等しい。映画の中である人物は口にする、「この世で唯一の病いは貧乏だ」と。昨年の「家族を想うとき」「存在のない子供たち」「ジョーカー」、今年の「パラサイト」「レ・ミゼラブル」などと同じく、本作も格差社会を、虐げられた者たちの視点から描いている。

 

序盤はコミカル。密輸販売によって大儲けしてチーム全員で豪遊するシーンは楽しい。しかし警察の手が徐々に迫り、家族のために絶対に逮捕されるわけにいかない主人公が密輸から足を洗うあたりからシリアスに。販売ルートを譲った人物が儲けのために正規薬と大差ない額まで価格を釣り上げたために、結局正規薬に続いて今度はジェネリック薬も庶民には買えない代物になってしまう。この第二の販売者であるペテン師の博士の欲深さ、クズっぷりは清々しい。主人公は彼から販売ルートを取り戻し、今や縫製工場の経営者であるのに、再び密輸に手を染める。ただし今度は金儲けのためではない。人命を救うため、儲け度外視の低価格で販売する。

 

主人公は千人もの患者の命を救ったという。彼がいなければおそらくは死んでいたはずの命だろう。それなのに裁かれなければならない。けれどもこの事件が契機となって中国の白血病治療の環境は大いに改善する。治療薬の価格は下げられ、さらに保険が適用されるようになったという。

 

クライマックスは逮捕された主人公が乗った警察のバンを、彼に救われたのであろう患者たちがマスクを外して見送るシーン。マスクを外すのが礼儀だろ、みたいなことをかつて彼は言っていたから、その彼への礼を示しているのだろう。その中には死んだはずの人たちもいる。まるで神様だけが見ることのできる光景のよう。このシーンの患者たちの視線は、チームメンバーの患者の葬式で、その場から逃げ去る主人公を咎めるように見つめた厳しい視線と対になっている。上昇→下降→再上昇という展開は王道。王道であるから熱いものがある。ユーモラスなラストを見て、気分よく映画館を出られた。見終わってモヤモヤせず、すっきりしたいい気分で映画館を出られるのはありがたいことだと思った次第。この映画が最終上映だったらしく、ロビーに戻ると薄暗く閑散としていたので、来館したときの人出と比較して狐につままれたような感じがした。外に出るとまだ雨が続いていた。