高橋ヨシキ『悪魔が憐れむ歌』を読んだ

 

 

何事においても政治的な正しさが求められる時代に、政治的な正しさなどクソ喰らえと真っ向から反論する硬派な映画評論。紹介される映画の半分は未見なのに未見だろうがそうでなかろうが区別なしに面白く二日で読み終えた。該博な知識とユーモラスな文章。読んでいて元気が出てくる。どうしてもっと早く読まなかったのだろう。

 

ザック・スナイダー監督『300』について著者はこう述べる。

フランク・ミュラーのグラフィック・ノベルを忠実に映画に置き換えた『300<スリー・ハンドレッド>』にいわゆる判で押したような「政治的正しさ」は微塵もない。スパルタ兵は全員白人だし、戦場に女の姿はまったく見当たらない。「政治的に正し」くしようと思ったら、黒人とヒスパニックとアジア系をヒーロー側に投入して、かつ主人公と同等に活躍する「自立した女」を描かなくてはならないだろう…そして映画は最悪のものになっただろう。

なぜ著者は政治的正しさを批判するのか。政治的正しさは清廉潔白さの強制ともなりうる。清廉潔白さを無批判に信奉することは「愚かさや不潔さ、残酷と恐怖にまみれた複雑な世界を否定すること」につながるからだ。我々の生きるこの世界は無菌室じゃないしそうであるべきでもない。

 

人間はこれまでも愚かだったようにこれからも愚かであり続けるだろうし、世界はこれまで残酷だったようにこれからも残酷であり続けるだろう。その真実を直視してなお絶望と恐怖のただなかで哄笑するメンタリティを本書から学ぶことができる。収録の文章のどれもが面白いとはすでに述べたが、その中でもとくにグァルティエロ・ヤコペッティ監督とその作品、コロンバイン高校銃撃事件、『エクソシスト』、『バットマンリターンズ』に関する章は読み応えがあった。付箋を貼った箇所はたくさんあるが本書からもっとも感動的だった文章を一つ選べと言われたら、

 怒りを持続させるには体力がいる。学校や会社で「あいつだけは絶対に殺してやりたい!」と殺意を抱くのは誰にでもあることだ(それを否定するような奴はとんでもない嘘つきの偽善者なので死んだ方がいい)。

 

「意志の勝利 コロンバイン事件」

 

いい本の感想は書くのが難しい。馬鹿らしさも感じる。感想を書く労力と時間を再読にあてた方がずっと有意義だと思うから。映画評論では(映画だけじゃないけど)瀬戸川猛資『夢想の研究』が好きでたまに読み返すのだが本書も同じくらい好み。作品を知らなくても楽しく読めるのが優れた評論の特徴だと思う。