映画『パンケーキを毒見する』『返校 言葉が消えた日』を見た

1ヶ月ぶりに映画館へ。そしてハシゴ。

『パンケーキ』は菅義偉首相の人物、現在の政権の問題点、有権者の意識などをテーマとしたドキュメンタリー。大島新監督の『なぜ君は総理大臣になれないのか』が面白かったので、同じく政治ドキュメンタリーである本作も楽しみにしていたがイマイチだった。

 

予告を見る限りだと菅義偉という人物の為人に迫る内容のように思えたが実際にはその部分は全体の三分の一程度。叩き上げの苦労人というイメージで売っているが実際には秋田の名家の出身であるとか、本質は肝が据わった博打打ちであるとか、非常に利に敏い一面がある等指摘される。国会でののらりくらりの答弁に関しては呆れるのを通り越して笑うしかないようなものだが、今は言葉自体が軽くなってしまった時代なのかなという気もしなくはない。菅首相は自分の言葉を持っていないとかビジョンがないとか言われるが、この映画を見る限りそういう批判精神よりも嘲弄するような調子を感じて、現首相および現政権を擁護するつもりは微塵もないが、なんとなく居心地の悪さを感じた。嘲弄という言葉が強すぎれば馬鹿にしたようなでもいい。そういう意味で「政治バラエティ」を謳っているのかな。

 

アニメの部分は不要だったと思う。庁と蝶のダジャレとか、子供が政治家の真似をして先生に口答えするのとか、下らなくて白けた。変な賭場の演出は何の意図だったんだろう。こういう部分は削って、議員へのインタビュー(多くの議員に拒否された模様)をもっと多くした方が良かったのでは。村上誠一郎議員の話、もっと聞きたかった。先輩たちと比較して現在の議員の志の低さに最後涙していたのが印象的だった。自民党内の派閥の話で、戦後傍流だった派閥が安倍さんが首相になったことにより権力を得て、追いやられてきた過去に報復しているとの見方には、そういうものなのかと驚いた。冒頭の江田憲司議員だったか、政治家は皆当たり前のように嘘をつくという話があったが(クレタ島のパラドクスのようだ)、小川淳也議員の「永田町で正気を保つのは容易なことじゃない」という話と重なって、いかに政治の世界が複雑怪奇で異常な世界なのかを窺わせて怖くなった。かつて森元首相の「寝ててくれればいい」発言があったが、有権者が政治にうんざりして無関心な方が自民党にとっては都合がいいのだろう。そして政治に関心がなくても参加しなくても今はまだなんとかなっているから投票率も低いままなのだろう。ブレヒトの『ガリレオ』に「英雄を必要とする時代は不幸だ」という台詞があったが、政治に関心が集まる時代はもしかすると不幸、というか国民にとっては不遇な時代なのかもしれないと思ったり。

 

 

『返校 言葉が消えた日』はたぶん初めて見る台湾映画。戦後の中国国民党による思想・言論統制時代の高校を舞台にしたホラー。序盤はサイレントヒルめいた廃校をさまようだけでも緊張感に溢れて怖いのに、さらに大きい音でびっくりさせてくるのでいかにも怪しそうなシーンに差し掛かると身構えた。中盤以降、徐々に謎が明らかになっていく。密告には私怨によるものが多くを占めていたのだろう。自分にとって不都合な人間を排除するための手段。人間の暗部を見るようでおぞましい。

 

この映画はホラーの体裁をとっているけれどテーマは歴史の検証である。過去の保存装置としての映画。幽霊も恐ろしいが人間の悪意はそれ以上に恐ろしい。抑圧、暴力、陰謀。ストーリー的には主人公二人の夢が混ざり合っていたのかとか、でかいモンスターの正体とか、最後の方の展開とか、チャン先生はイン先生とできてたのに主人公を誘惑したのかとか、色々疑問に感じる部分が見終わっても残り、消化不良感強め。原作のゲームをやれば氷解するのだろうか。最後の手紙は切ない。ホラーとしての出来はイマイチ。「忌中」の貼り紙とか麻袋とかは大量に出してしまうと派手になって怖さが薄れてしまう。ああいうのはさりげなくピンポイントで用いた方が怖さが増す。