『BRUTUS No.991 怖いもの見たさ。』を読んだ

 

 

ホラー特集号。

熱心なマニアではないけれどジャンルとしてホラーはわりと好き。

 

なぜホラーが好きなのか。

恐怖は人間にとって強烈な感情(生存本能に直結している?)であり、それを客席やテレビの前など絶対安全な場所にいながらにして刺激されることに倒錯した快感を覚えるからだ。感情のアトラクションとして楽しむというか。

 

自分が触れるホラーのメディアは主に映画、たまに小説やネット*1。本誌を読むと、漫画、ゲーム、動画、さらには怪談やお化け屋敷など、ホラーのジャンルは多岐にわたっているのが知れる。インターネットの普及により昨今ホラーが隆盛だと書かれているが、そうなのだろうか。45歳の自分の体感としてはインターネットなんてなかった90年代後半こそホラーブームだった…というか当然のように身近にホラーがあった、ように思う。バブル経済が崩壊し、大企業の破綻が報道される中で時代のメンタリティは沈んでいく傾向にあったもののまだ経済的には余裕があった時代。暗いもの、おぞましいもの、常軌を逸したもの、そういうものに惹かれ、また楽しめる空気があった。ホラーを楽しむには余裕が要る。日々の暮らしに追われている状態で楽しめるものじゃない。そういう意味で、経済的な豊かさはホラーを生産する/消費する、一つのバロメーターになりうる。以下の記事にも同じようなことが述べられていた。

 

nikkan-spa.jp

 

劇画狼:あと、’80~’90年代のホラーが流行ってた頃と比べると、今って生活の余裕が全然ないですよね。バブル期前後って、ある程度生活が保証されてたからこそ、人が酷い目に遭う不幸な作品を娯楽として楽しむ余裕もあった。でも今は、経済的にしんどいし、現実が苦しいから、これ以上暗いものを取り込みたくないという人が増えているような気がします。

 

崇山:僕が集めている、思いつきで作られたような漫画も、言ってしまえば景気が良かったから出版されてたんですよね。森由岐子先生の血液型シリーズとか、鬼城寺健先生の『呪われたテニスクラブ』とか。後者なんて「今は軽井沢が流行ってるから、やっぱテニスクラブものだろ」くらいの軽いノリで作られたんだろうな(笑)。でも、僕はこういう豊かな時代の、作家さんが潤っていた時代の漫画が大好きで、憧れます。

なるほど、景気がいいから出版できる余力がある、そういう事情もあるか。景気が悪くなれば世の中から遊びがなくなる、というか遊べなくなる。遊びとはゆとりだから。映画なら海外のホラーを買い付けできない、観客が入らないから公開がすぐ終わってしまう、そんな事態になりかねない。もうそうなっているか?

 

インターネットの普及はある意味で闇をなくしてしまった*2。今や何でも検索すれば画像や動画が瞬時に見られる。誰かの解説も読める。都市伝説や心霊スポットが孕む不可解という闇は単一な光(啓蒙? まさか)に照らされ味気なくなった。一方で、ネットにより動画配信やヴェイパーウェイブ的感覚のような新しい形のホラー表現も生まれているわけで、テクノロジーの進歩がホラーのあり方・接し方を変えているのが現在のホラーを取り巻く状況だと思う。

 

先週「ほん怖」を見たらぜんぜん怖くなくてあほらしくなってしまった。小学生を対象に作られている番組だからかもしれないが、それにしたって俺が子供の頃の「あなたの知らない世界」とか「世にも奇妙な物語」とかもう少し怖がらせる作りになっていたような…。勝手な推測だが地上波、しかもゴールデンでやるホラーは怖くしすぎるとクレームがくるなどの事情であんまり怖くできないのかもしれない。先日「憑きそい」というドラマがあるのを知ってTVerで見たらこっちはしっかり怖くて感心した…というか怖くて3話まで見たところで視聴をやめてしまった…。小心者。情けねえ。1話のスーツの男の顔が直視できず、2話のジャンプスケアに声出してビビり、3話のお札の裏に鳥肌が立った。なんで赤インクで書くかなあ。4話は体調がいいとき明るい時間帯に見ようと思う。

 

tver.jp

 

 

で、本書の特集について。

いろいろ書かれているけれども肝は複数の執筆者によって映画、小説、漫画をはじめとする11ジャンルからホラー作品444本を紹介するホラーガイドだろう。ご丁寧に怖さを5点満点で採点してある。紹介文が短いのが惜しいがこれだけの作品を網羅したガイドは貴重と思う。「なんでこの作品がこの点数なんだ」とか「これよりこれの方が怖いに決まってるだろ」とか文句をつけるのは野暮*3。作品の評価は人それぞれ。自分の評価と他者の評価の差異を楽しむくらいの鷹揚な気持ちで読むのがいい。映画に関してはある程度知っているつもりだったが未知の漫画や小説を知ることができたので参考にしたい。

 

本書で紹介されていた雨穴「変なAI」を視聴したらかなり怖くてよかった。フェイクドキュメンタリーQも何本か見てみたがこっちは俺には合わなかった。


www.youtube.com

 

 

ガイドで紹介されているうちで俺が好きないくつかの作品について軽く書いておく。

 

『コンジアム』

コンジアム(吹替版)

コンジアム(吹替版)

  • ウィ・ハジュン
Amazon

映画。かなり怖くて見ながらキレた記憶がある。でもちょっと人の感想見ると怖いと言ってる人と怖くないと言ってる人がいて本当趣味って人それぞれなんだな、と実感する。『ブレアウィッチ』や『REC』もかなり好きなのでどうも俺はPOV形式のホラーがストライクらしい。臨場感にハマるのかもしれない。

 

 

『リング』

映画。小説もいいけれど映画の方が華やか。今となっては怖さはさほどでもないかもしれないが呪いのビデオの気色悪さは色褪せていないと思う。VHSテープという設定に郷愁を覚える。

 

 

『キャビン』

映画。ホラーとしてというよりメタ的な映画の構造が好き。ユーモアもある。クライマックスはしっかり盛り上がる。ホラー映画初心者におすすめするとしたらこれ。

 

 

『哭声』

哭声/コクソン(吹替版)

映画。これ見たあと具合悪くなって寝込んだ。画の力が強い。謎の答えがわからず頭使いすぎて疲れる。終盤の台所のシーン、怖すぎる。俺が上澄みばっかり見ているせいかもしれないが『チェイサー』とか『守護教師』とか韓国映画の殺人シーンの妙なリアルさに慄きながらいつも見入ってしまう。

 

 

近畿地方のある場所について』

小説。はてブで知って読んだらかなり面白かった。今月出版されるらしいので買うつもり。

 

 

『忌録:documentX』

小説。内容忘れてしまっているが夢中で読んだ記憶がある。最初に出てくる行方不明の女の子の顔写真? からもう怖い。

 

 

以下、ガイドでは取り上げられなかったけれど俺の好きな、または見て印象的だったホラー作品を挙げる。

 

『RAW 少女のめざめ』

RAW 少女のめざめ(吹替版)

RAW 少女のめざめ(吹替版)

  • ガランス・マリリエール
Amazon

カニバリズムと思春期を重ね合わせて一人の少女が自己を確立する過程を描く。俺は青春映画と受け取った。画面が色彩豊かで祝祭のムードが濃く見ていて楽しい。主人公が、サッカーしている男子を見つめる表情が物凄い。音楽もいい。

 

 

『ゴーストランドの惨劇』

パスカル・ロジェ監督なら『マーターズ』を挙げるべきかもしれないが、こっちの方がストーリーが起伏に富み、カタルシスもあり、自分には好ましい。『RAW』と同じく女性の成長譚。中盤の脱走シーンは見応えあり。自ら望んで妄想世界から現実へ回帰する終盤の展開が熱い。エミリア・ジョーンズはその後『コーダ あいのうた』の主演を務めた。今後も活躍してほしい。『マーターズ』で思い出したが4大フレンチホラー*4のうち『フロンティア』だけ見られていないのでU-NEXTあたりに配信が来てほしい。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

 

『スペイン一家監禁事件』

スペイン一家監禁事件 [DVD]

スペイン一家監禁事件 [DVD]

  • フェルナンド・カヨ
Amazon

めちゃくちゃ怖いし胸糞悪い。これとか『セルビアン・フィルム』を「好き」と言っちゃうとちょっと人間性疑われそうなヤベー映画。好きというよりは見たときの衝撃度で選んだ。犯罪実録風のモキュメンタリー、でいいのだろうか。一年くらい前にはU-NEXTで見られたのだが*5今はどこも配信していないみたい。見てる最中ストレスが凄いので一度見れば十分。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

 

『サマー・オブ・84』

サマー・オブ・84(吹替版)

サマー・オブ・84(吹替版)

  • グラハム・バーシャー
Amazon

ホラー版スタンドバイミー。「連続殺人鬼も誰かの隣人」、本作のテーマはこれに尽きる。自分も小学生の頃、友だちと探偵ごっこと称して下校途中に知らない人を犯罪者に見立てて尾行する遊びをしていたからノスタルジックな気分に。軽はずみな気持ちでやった遊びが取り返しのつかない事態を招く…子供の頃を思い出して紙一重だったとヒヤリとさせられる。近所に住む美少女が話に華を添えていていい。新興住宅地なのに1958年当時の子供部屋が地下にある気味悪さはグッときた。

 

 

『ウィッチ』

ウィッチ(字幕版)

ウィッチ(字幕版)

  • アニヤ・テイラー=ジョイ
Amazon

典型的な魔女を描いた映画。アニャ・テイラー=ジョイがかわいい。相互不信、相互監視の共同体(この映画の場合は家族だが)こそ地獄。森の中で出会うエロい外見の美女…しかし実は老婆だったとか、黒山羊の悪魔(最後に足と手が映る)とか、もうコテコテ。だがそれがいい。男の子が幻覚を見ながら死ぬシーンは怖い。主人公が自己を解放するラスト、素晴らしい。法に制約される神や善に対して法に束縛されない悪魔の方が有力に思えるから俺も自身を委ねるなら悪魔を選択する。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

 

『消された一家』

ホラー特集なのに犯罪ノンフィクションが列挙されないのは事実は小説より奇なり、というか残虐なり、で創作が興醒めして見えてしまう現実があるからか。もしこの北九州の事件がフィクションだったらこんな悪趣味で現実離れした話、いくらなんでもひどすぎると思うだろうが、実際に起きた事件なんだから絶句するしかない。暴力による支配、家族間での殺し合い。こんなことが可能なのかという驚き。家族の殺害・解体を散々やらされた挙句に殺された少女(首を絞めるコードを回すと自分から頭を持ち上げたという)が不憫でならない。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

 

 

ホラー映画は肝心の正体をなかなか見せず外堀から埋めるようにじわじわと怪異によって恐怖を煽る、その過程が一番楽しい。正体が明らかになってしまえばあとは逃げるか闘うか和解するかしかないわけで、そこから先はホラーというより謎解きだったりアクションだったりになってしまう。

 

最近見たのだと『ミンナのウタ』がよかった。廃屋の中で起きるありえないリピート劇。何か異常なことが起きているのにそれが何なのか理解できない怖さ。一方で肝心の怨霊? が登場するとギャグのようなビジュアルに失笑。「叫びと笑いはよく似ている」という言葉があったが*6ホラーはちょっと見方を変えるとギャグのように見えなくもない。実際、貞子なんかはもはやギャグ的キャラクターとして消費されている感がある。

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

 

*1:昔は2ちゃんねるの怖い話や未解決事件のまとめをよく読んだ

*2:ユリイカの奇書特集の感想にも書いたけれどhttps://hayasinonakanozou.hatenablog.com/entry/2023/07/20/112754

*3:ビジネス的な忖度も見受けられるが雑誌メディアの都合上仕方ないだろう

*4:『ハイテンション』『マーターズ』『屋敷女』『フロンティア』

*5:自分はU-NEXTで視聴した

*6:岡崎京子ヘルタースケルター