最後の一文がずるい 飛鳥部勝則『堕天使拷問刑』を読んだ

 

 

復刊の報を知り購入。『魔女考』『針女』の付録ありバージョン。

 

著者についての知識はなかったがXが本書の復刊に盛り上がっていたのでなんとなくで購入。届いた本は450頁を越える厚さ。中を開くと二段組。なかなかのボリュームに途中で脱落したらどうしよう…との不安が頭をよぎったが杞憂だった。面白くて夜中まで読み耽った。

 

孤立した山奥のムラ社会という日本的な要素と、オカルト、悪魔召喚、カニバリズム(?)、森、異様な建築、地下道などのゴシック要素をミックスしたユニークな世界が舞台。そこで起きる殺人事件の顛末。ホラーでありミステリでありジュブナイルでもある欲張りセットのような小説。ユーモアもある。いやー、堪能した。

 

よく知らないんだがハヤカワ・ミステリワールドというシリーズ? の一冊なのか、ミステリとあるから殺人事件の謎解きがメインとの先入観で読み始めたが、どうやら著者は事件より西洋オカルト的世界を描くことの方に熱心でホラー小説感がかなり強い。発生する殺人事件は不可解で真相を知りたくはなるものの、その解明より、おどろおどろしい描写の方に惹かれっぱなしだった。いっそミステリ要素削って純粋なホラー小説にしてもよかったんじゃないだろうか、とすら思った。実際、殺人事件の状況は超常的ではあるものの謎解きの段になると一気に尻すぼみになってしまい拍子抜け。トリックや犯人の動機、それでいいのか? と内心でツッコミ。物語を終わらせるために強引にまとめた印象が。でもたしかに犯人の台詞や行動に伏線は張られていた。これだけ壮大な与太話(褒めている)を破綻させなかったのに感嘆。著者、すごい膂力。終盤のデビルマンめいた群衆の暴走とその恐怖を描くあたりからの怒涛の展開はお祭りみたいに盛り上がる。敵味方入り乱れてのバトル(文字通りの)。ここで明かされる最後の謎が日本的な哀しき風習というのがまた。

 

今年は関東大震災100年ということで『福田村事件』や『羊の怒る時』を見たり読んだりしたからかもしれないが、暴徒化した群衆の迫真の描写に興味を惹かれた*1。「お化けより人間の方が怖い」はホラー好きのあいだでは白けるワードらしいが*2でもやっぱり人間って怖いよな。悪魔も怪物も人間が自分たちの姿から創造したんじゃないの。

 驚くべきは彼らの顔だった。人間とは思えないのだ。顔の造作は確かに、見知っているグレンや鳥新や憂羅のものだ。しかしどこか違う。微妙な目の吊り上がりや口の歪み、頬の窪みや眉間の皺、そういったわずかの違いが魔性を孕んでいる。人間と悪魔の違いは、ほんの一歩なのだろう。早くも三十人以上が集まっていたが、各々の個性が薄れ、同じ者が大勢いるように見える。理性を踏み越え、狂信的な感情に囚われて、非個性の単なる集団と化した人々は、自ずと怪物に近づくのかもしれない。

 

繰り返しになるがクライマックスの盛り上がりはすごい。やばい。そのあとの、これも繰り返しになるが殺人事件の真相は拍子抜けでトーンダウン。で、どうやって終わるのかな、と期待と不安がないまぜになったまま読んでいると、最後にちょっとした仕掛けがあって、俺はここでびっくりした。やられた、と思った。謎解きの要素は殺人事件よりむしろ本書の構造そのものにあったのではないか、とすら思った。作中、突然登場人物による長々しいホラー小説評論みたいなのが挿入される(「オススメモダンホラー」)。ストーリーに一切関与しないのに読ませる謎のテクストなのだが、これが最後の最後になって効果を上げるのがにくい。そして、とっ散らかった感もある中で迎えるラストに置かれた最後の一文が、ここまでの過程のすべてを肯定させる、納得させる、それほどの叙情を湛えていて、なんかもう、「ずるい」って気持ちになった。

 

俺は普段ミステリもホラーもほとんど読まないし、著者の名前は今回の復刊の報で初めて知ったクチだが、この小説はちょっとすごい小説なんじゃないだろうか。中年になって感受性が衰えたとばかり思っていたが、面白いものに遭遇すればのめり込むし、ただ単に好みにうるさくなったってだけなのかもしれない。

 

付録の『針女』は書き下ろしのスピンオフ的なやつでヒロイン二人のやりとりが笑える。『魔女考』はツナ缶紛失の謎を追ったら怖い真相(ただし匂わせ)にたどりつく話で短いながら面白かった。

 

本書に続けて復刊する同著者の『黒と愛』『鏡陥穽』も予約済み。今月末発送されるみたいなので年末年始休暇の楽しみとしたい。

 

 

*1:「普通の人々がちょっとしたことで集団リンチを繰り広げる」と本書にある

*2:知ったふうなこと言ってんじゃねえ、となるらしい