映画『ファースト・カウ』を見た


監督のケリー・ライカートは現代アメリカ映画界で「最も重要なインディペンデント系監督」の一人であるらしい。Xを見ていたらこの人の映画が日本で初公開されるとちょっとした話題になっていた(特集上映は過去にやっているらしい)。

 

知らん監督だな、どんな作品撮ってるんだろう、と気になって検索したら『オールド・ジョイ』の監督だった。かつての親友で今は別々の人生を歩む男性二人が久々に再会して山奥の辺鄙な温泉に浸かりに行くってだけの映画…なんだが時の経過とともに変わっていく友情を、時が止まっているかのような自然と対比的に描いていて妙な哀感を誘われた。作中流れるラジオニュースから時代背景を考えると奥が深いみたいだが俺にそこまでの知識はない。シンプルに、男二人の一風変わったロードムービーとしていい印象が残っている。あと、犬が可愛い映画としても。あれを撮った監督なのか、と興味が湧いたので見に行った。

 

正直予告を見たかぎりではそれほど面白そうには思えず、雰囲気重視のアート系映画だったら寝てしまうかもしれなかった。


www.youtube.com

 

いざ見れば実際序盤の30分はかなり退屈。うだつの上がらない男二人がしょうもない将来の夢を語ったり、暗い画面で手作業やってるシーンばっかりで眠くなった。前に座っていた爺さんも何度も欠伸してた。これがあと90分続いたらきついな…と不安な気持ちに。

 

が、そこを過ぎ、ミルクを盗むあたりから面白くなってくる。不正を働いてはいるものの主人公二人は悪人ってわけでもない憎めないキャラ。どちらも集落では少数派に属している。ドーナツを作る料理人はマッチョな男社会からハブかれている。相棒はたぶん集落で唯一の中国人。二人とも貧しい。しかし作ったドーナツは行列ができるほど人気になり二人は大儲け。噂を聞きつけて遂にはミルクを盗まれている本人である株式仲買人までが買いに来るようになる。とはいえいつまでもこんな生業がうまくいくはずがない。盗みに気づかれるかドーナツが飽きられるかしてすぐに終わるだろう、と料理人は悲観する。そう、だから今がチャンスなんだ、稼ぎ時なんだ、と相棒は励ます。

 

そして破局がやってくる。

 

開拓者たちは「ビーバーは無限にいる」と豪語して毛皮目当てに乱獲している。つまり自然から資源を奪って(=盗んで)いる。株式仲買人もその一人。その彼から主人公たちはミルクを盗んでいる。これは持たざる者による持てる者への反抗を皮肉に描いた資本主義批判の映画なのかな、なんてったって相手は株式仲買人だし、と見ながら思っていたのだが、あとでパンフレットを読むとインタビューで監督は「映画は個々の登場人物の個々の状況の物語だ」と政治的なテーマを読もうとする見方を牽制している。どうなんだろうか。言葉どおりに受け取っていいのか。それにしちゃあ設定としてあからさますぎやしないだろうか。

 

上でも述べたが序盤の30分はかなり退屈。画面も暗くて見づらい。だがそこを過ぎるとだんだん面白くなる。終盤はかなり緊迫感があり眠気は吹っ飛んだ。映画が始まってすぐに主人公二人の末路(らしきもの)について示されるのでその後展開するストーリーはそこに至るプロセスでしかないのだが、結果がわかっているからこそ今か今かとその瞬間が来るのを手に汗握って待ち構えてしまう。意地悪な構成。でも最後まで決定的瞬間は描かれない。むしろ平和に終わる。あえて決定的瞬間を見せず、匂わせもせず、スパッと終わらせてあとは観客の想像に委ねるようなこの終わり方に、すげえなあ、とため息が出た。え、ここで終わり? と一瞬思ったが、あれ以上続けたら悲劇色が強くなってしまうだろう。だからあれでいいのだ。この終わり方、何かに似ているような…と考えていたらミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』だった(映画ではなく原作小説の方)。主人公たちの最期は途中で述べられるもののストーリーは続き、幸福感漂うシーンで終わる。物語が終わったあとの余韻が『ファースト・カウ』と似ていないだろうか。

 

『ファースト・カウ』は『オールド・ジョイ』と同じく男性二人の友情をメインに描いている。『オールド・ジョイ』のラストには苦味があった。『ファースト・カウ』の二人にはラストシーンからもう時間は流れない。だから結末は悲劇かもしれないけれど友情は美しいまま終わったとも解釈でき、そう考えるとなんとも言えない気持ちになる。二人とも自分だけで逃げずに相手を探す/待つんだもんなあ。どっちかは相手置き去りにして逃げるだろうと予想した自分の心の汚さが恥ずかしい。

 

『ファースト・カウ』の終わらせ方、撮り方(森の中に潜む「彼」が最小限にしか出てこないのもよかった)に感心したので滅多に買わないパンフレットをつい買ってしまった。監督インタビュー、複数の批評家によるライカート作品評および解説、『ファースト・カウ』関連作品紹介などが載っていて、期待以上に内容が充実していたので買ってよかった。この映画が西部開拓「直前」の1820年代を舞台にしている意味が解説を読んで理解できた。帰宅して、今さっき同じ監督による『ミークス・カットオフ』を見たら──俺好みの素晴らしい心理サスペンスだった──こちらは1845年が舞台で、過去の開拓者たちに乱獲されたせいでビーバーは絶滅したとされている。資源が無限にあるはずがないんだよなあ。無限なのは人間の欲深さだろう。

 

ケリー・ライカートの映画、いいな。Amazonのプライムビデオ見放題にはライカート作品が4つある。まだ見ていない『リバー・オブ・グラス』と『ウェンディ&ルーシー』もこの休暇中に見ようと思う。

 

映画見たら無性にドーナツが食いたくなったので買って帰って家族と分けた

 

 

オールド・ジョイ

オールド・ジョイ

  • ダニエル・ロンドン
Amazon