なぜそんなに激しく暴力的なのか──映画『ノースマン』を見た

9世紀の北欧が舞台の復讐劇。少年だった王子は目の前で父を叔父に殺され、自らは命からがら逃げ延びる。数年後、生きながらえ成長した彼は仇が今は王位を追われ、娶って妃とした母と一族らとともにアイスランドで農場を営んでいると知り、素性を隠して復讐に赴く。

 

王の血縁者による殺害、母と王位の簒奪。王子アムレートの物語はシェイクスピアの『ハムレット』と重なるがアムレート物語が種本らしい。その「原作」をロバート・エガース監督が映画化したのが本作。どういう映画かろくに調べず見に行ったので、終盤での王子と母親のやりとりを聞くまで気づかなかった。母の告白を聞いて「あ、ハムレットじゃんこれ」と。ただしハムレットが父王の亡霊から真実を聞かされて以降復讐すべきか否かでおおいに葛藤するのに対してアムレートの方は直情的で一旦決意したら迷いがない。勇猛にして残虐なバイキングによる数々の復讐の凄惨さは見ごたえがある。殺しただけでは飽き足らず死者を嬲りものにする。血腥い。

 

以前『ニーベルンゲンの歌』を読んだとき、あれはドイツの叙事詩だが元となったジークフリート伝説は北欧に遡るといい、後編の、夫を暗殺された妻クリームヒルトの復讐心の凄まじさに呆然としたものだった。『ノースマン』にはほんの少しだけだがワルキューレが登場する。彼女の雄叫びのシーンはその迫力に戦慄するほど。北欧神話では立派に戦って死ねばヴァルハラに迎えられるといい、それを男たちは最上の名誉と考えている。病いに倒れるのではなく戦場で死ぬことこそ誉れ。ノリ的には『300』に通じるものがある、本作の方がずっとシリアスだが。

 

『300』といえば高橋ヨシキさんが『悪魔が憐れむ歌 暗黒映画入門』でその「政治的正しさのなさ」について熱く言及していたが、同じことがこの映画にも言えそう。徹頭徹尾男の映画であり、女性の扱いに関しては今の時代にそれかよ? というようなものだが、それが映画をとてもわかりやすいものにしている。殺された父の復讐、そしてのちには妻と子供たちを守るための戦い。そういう時代がかつてあったのだし、それを否定して現代の価値観に沿った政治的な正しさを追求してしまったら(主人公と同じくらい活躍するヒロイン、白人男性以外の登場人物、子供や動物は決して傷つかない、等)映画としては白けたものになってしまっただろう。監督はこの映画を政治的に正しくするより優先すべきことがあるとの意図で臨んだのではないだろうか。そしてこの映画はとてもいい映画だった、と自分は思う。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

舞台は集落とも呼べないほど小規模だからストーリーに壮大さはないし、夜のシーンが多いので画面が暗くて見づらいし、序盤から中盤あたりはなかなか進展せず退屈だし、妙に遠回りする主人公に苛々するし、映画としての欠点は少なくない。が、クライマックスの炎のシーン、そして火山での決闘のシーンは迫力満点で、並の映画ならエンドロールで立ち上がってさっさと劇場を出ていくのだが、圧倒されてしまい終わってからも立ち上がれなかった。最後の決闘シーンの絵は凄かった。音楽もよかった。絵と音に酩酊した。これぞ映画館で映画を見る楽しさ。

 

運命に導かれ死んでいく人間たち。まるで荘厳な神話を見たような感動がある。エンドロールのキャスト名を見ていて、え、ビョーク出てたっけ? と帰宅してから公式サイトで確認したらたしかに出ていた。全然気づかないような役で。ウィレム・デフォーもわからなかった。

 

公開週の日曜日のレイトショーで観客は5人くらい。いい映画なのに客入りが少なく寂しい。エガース監督は『ウィッチ』がとてもよかったがこの映画はそれ以上。『ライトハウス』も見ようと思う。

 

 

 

ウィッチ(字幕版)

ウィッチ(字幕版)

  • アニヤ・テイラー=ジョイ
Amazon