pha『人生の土台となる読書』を読んだ

 

 

著者は冒頭で述べる。読書には「すぐに効く読書」と「ゆっくり効く読書」の2種類があると。

前者は仕事術やライフハックなどの実用書の読書。今の状況をちょっとだけ改善するのには有効だが大きく人生を変えるのには向いていない。

後者は小説やノンフィクションや学術書などの一見実用性がなさそうな読書。根本的な生き方を変えるにはこちらの読書が有効だ。

 「すぐに効く読書」が今まで知っている枠組みの中で役に立つものだとしたら、「ゆっくり効く読書」は、その枠組み自体を揺さぶって変えてくれるものだ。

 

 「ゆっくり効く読書」は、すぐに効果は表れないけれど、読むことで自分の中に何かが一滴ずつ溜まっていって、少しずつ自分の人生を変えていく。

ただ知識を得るだけでなく、根本的に物事を考えるための価値観や枠組み、人生の土台を得るために「ゆっくり効く読書」が必要になる。本書は著者がこれまでに影響を受けてきたそういった本を紹介する自伝的なブックガイドだ。

 

テーマごとに4章に分かれている。分かれてはいてもphaさんという人の人となりというか、興味関心というかが共通の底流としてある。自分がとくに面白く読んだのは2章「読書で「世界を動かすルール」を知る」。phaさんはこれまでずっと「どうやったらもっとラクに生きられるか」ということばかりを考え続け、そのヒントを求めて本を読んできたと述べる。ラクにさせてくれない原因のうちには人や社会との齟齬や違和感だったりが含まれているのだろうと推察するが、それらを解消する、「自己責任を弱めて、ダメな自分を肯定するための視点」を得るための本として、社会学脳科学、進化論、宇宙科学などの分野が選択される。生育環境が人生に及ぼす影響、自由意志や人間至上主義への疑念、進化論の基本である「突然変異」と「適者生存」による自己責任や努力の有効性の限界、138億年もの時を経ている宇宙の歴史と比較すれば些細な悩みは消失する、など。これらの本が「人間の行動を、少し引いた目」で見る助けになる。

生育環境によって人の行為や価値判断が方向付けられているとしたら。

人間に自由意志などなくあるのはアルゴリズムだけだとしたら。

生物が淘汰のプロセスを生き残れたのは意志や努力ではなくランダムな仕組みの結果に過ぎないとしたら。

自己責任なんて言葉は安易には使えなくなる。

こういう学問から新たな視点を得ることによって自分や他人や社会を責めたり恨んだりする苦しみからラクになれる。

 人間には、自分と違うタイプの人に対する拒否反応がある。

 それは僕たちが部族社会で生きていた頃に脳の中に刻み込まれた性質なので、そう思ってしまうこと自体はしかたがない。

 しかし、人間は知識を得ることで、自分と異なる他者への理解が生まれ、寛容さを持つことができる。それが勉強や読書の大事な効用なのだ。

 

本書で紹介されるのは著者自身の好奇心や問題意識から選択され読まれてきた本の数々である。ジャンルは漫画、エッセイ、小説、ノンフィクション、学術書、歌集、評論など多岐にわたる。

 自分にとって切実な問題、それは自分という存在のコアにあるものだから、決して手放してはいけない。

 

 幼い頃に感じたような自分の中にある根源的な問題意識が自分の人生を作っていく。

著者の問題意識は、自明とされている社会のルールへの違和感、死や虚無への恐怖心、「だるさ」の原因追求などだろうか。顧みて自分の場合は何だろうと考えた。自分は何か問題意識を持って本を読んでいるだろうか。充足しているとき、人はおそらく本を読まない。不足を感じるからこそその渇きを満たしたくて読む。自分の場合は、普通じゃないもの、奇異なものへの興味関心が読書の原動力としてある、ように思う。怪奇小説だったり犯罪ノンフィクションだったり。自分が幼い頃、母親は精神的に失調しており(何年も通院・服薬していた)たびたび暴力を振るわれるせいで彼女の挙動に常に怯えていた。程度で言えば軽いものだっただろうが、そんな自分の生い立ちが不気味な他者/世界を恐れながら惹かれる、みたいな感覚の源泉としてあるように思う。

 

こんな時代だから同じような人が多数いるだろうが自分も今の時代に生きづらさを感じている。生きづらいから独身中年なのか、独身中年だから生きづらいのか。とにかく、このたび本書を読んで、直接日常生活に関係するわけではない進化論や脳科学の話がその生きづらさと対峙するいいヒントになりそうに思った。なのでいずれ読んでみたい。本書を読まなければ知り得なかった、読もうと思わなかったジャンルだから収穫だった。面白そうと思ったタイトルは30冊以上になる。これらを読みたい本としてAmazonのリストに登録した。硬軟のバランスがよく、選書に選者の人物が反映していて楽しく、ブックガイドとしては2021年に読んだ荻原魚雷『中年の本棚』と同じくらい充実の内容だった。

 

 読書によって自分の人生が大きく変わった、とは思う。だけど、読書によって自分自身が大きく変わったか、と言われると、そうでもない気がする。

 読書は「自分を変えてくれた」というよりも、「自分をより自分らしくしてくれた」というほうが近い。

 まったく自分とかけ離れている本は、読んでも面白くない。

 本を読んで面白いと感じるときは、その本の中に自分と重なり合う部分があったときだ。

 読書というのは、自分の中を覗き込む行為なのだ。

 

 

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