金すなわち精神安定剤

 こんな記事があったのでブックマークした。

仕事がなく貯金も尽きかけた時、恐怖に襲われ1日中布団の中で震えていた「裏バイトの広告が魅力的に見える」「悪い方にしか頭が切り替えられない」 - Togetter

入ってくる金の有無が精神衛生を大きく左右する。収入ゼロだと不安で押しつぶされそうになる。10年前無職になった時は震災の影響で次の仕事見つけるのに苦労した。

2021/05/26 23:42

10年前、一人暮らしで無職になった経験を思い出しながら少し書いてみる。退職時、銀行口座には僅かな退職金を入れても50万もなかった。でも発作的な退職だったので金のことは考えなかった。とにかく一刻も早くこの会社を辞めてえ、とだけ思っていた。

 

無職になったら時間ができるから、これまで忙しさにかまけてできなかったあれこれをやってみようとも思っていた。そのあれこれには大抵金がかかった。無職であれば当面の生活費の確保が最優先になる。だから遊びに金を使う勇気は出なかった。収入がなくなる→口座の金が一方的に減っていく。金が一方的に減っていくだけの状況は自分にとってかなりのストレスだった。不安と恐怖も感じた。優雅な無職ライフを満喫しようと思っていたのにとんでもない。むしろブラック企業だったとはいえ働いていた時の方が精神的余裕があったのではないかとすら思えた。多分1000万2000万の貯金があっても四十代から死ぬまで逃げ切るには全然足りない。

 

2011年当時、勤めていた会社はブラックだった。賃金は安い、人間関係は劣悪、年休108日(長期休暇なし、365日24時間稼働の工場)、残業が毎月50〜100時間。嫌で嫌で仕方なかったが二年働いた。3月、東日本大震災が発生した。連日の非日常的な光景をテレビで見るにつれ、自分の頭は少し変になった。こんな毎日はもう送りたくないと強く思った。それで発作的に退職願を提出し、ろくに蓄えもないのに会社を辞めた。災害の起きた非常時こそ会社にしがみついて生活を成立させなくてはいけないのにその逆を行くとは、今思い返しても自分の思慮のなさに呆れる。その頃のことは以前少し書いた。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

会社を辞めたらハロワで失業保険の受給申請をして、待機期間中は貯金で倹しく暮らす。それで半年はのんびりできるはず。積みまくった本を読み、ネットで時間を潰し、健康のため自炊をしよう。会社を辞めてすぐはとにかく楽しかった。何もしていなくても楽しい。もう会社に行かなくていい、あいつらの顔を見なくていい、何時に起きても寝てもいい。当時住んでいたのが、交通はやや不便だったが、アパートとはいえ2LDKメゾネット、築浅なのに家賃は相場程度でかなり割安、光回線開通済み、駐車場ありという恵まれた物件だった。一人で住むには十分な広さ、というか二階にあった二部屋のうち一部屋は持て余していた。6室あったうち一人で住んでいたのは自分だけで、あとは家族かカップルだったが、幸いにも日中静かだった。だから一日中引きこもっていても、集合住宅ならではの騒音等ストレスはなかった。このアパートには二年いた。

 

しかし楽しい気分でいられたのは、せいぜい会社を辞めた最初の一週間か二週間だった。家賃や光熱費が口座から引かれ、わずかな残金が減っていく一方の状況を認識した途端不安に襲われた(遅い)。無職になったからゆっくりしようなんて、そんな贅沢を言える身分ではなかったとその時になって気づいた。それでも貯金があるうちはダラダラしていた。優雅なダラダラではない。現実から目を背けるためのダラダラだった。不安なことは怖いから考えないようにした。読書もせず自炊もろくにせず、Acerのノートパソコンでネットばかりしていた。2ちゃんねるや無職.comをよく覗いていた。

 

時間はいくらでもあるのにその時間を活かす金銭的余裕がない。だから心理的余裕もなくなる。逆にいえば金こそが精神安定剤の役割を果たすのだ。世の人の悩みの半分以上は金があれば解決できる問題ではないだろうか。

 

所持金が減っていく一方の、破綻を約束されたジリ貧の生活。失業保険受給期間中、さすがにこのままではまずい、保険が切れたら終わると危機感に駆られ、ハロワで見つけた求人の面接に行ったがすべて落ちた。震災後の不況下、ただでさえ少ない求人の中から無理に選んでの応募だった。気が進まなかった。待遇面が辞めた会社に劣る求人が大半だった。退職したことを後悔した。辞めなきゃよかった。結構いい会社だったんじゃないのか。情けない話だが、辞めた会社に戻りたいと本気で考えたことも一度や二度ではなかった。しかし覆水は盆に帰らない。埼玉に住んでいるのに長野の企業に応募したり、求人を出していない近所の工場に雇ってもらえないかと電話したこともあった。後者はなんて迷惑な。それだけ必死だった。12月、失業保険が切れる前に、以前と同業の会社に再就職した。

 

再就職した会社で3ヶ月働き、試用期間終了と同時に辞めた。せっかく就職できたというのに。前の会社が中規模だったのに対してこちらは零細で、同業だと色々比較してしまうもので、足りない部分ばかりが気になってしまった。何様のつもりだろう、自分自身がブラック人材のくせに。でも気持ちに嘘はつけなかった。この会社を退職して遂に金が尽き、アパートを退去して実家に戻った。退去した時の自分の全財産は7000円だった。結構ギリギリまで粘ったな。この、最初の退職からアパート退去までの約10ヶ月の体験は、金を引き出すのはコンビニATM、通販の送料に無頓着、レンタルの延滞金払うのは日常茶飯事だった自分のルーズな金銭感覚を大きく変えた。もっと金をきちんと管理しようと思う契機になった。その頃もう35歳だったから遅すぎる学びである。

 

2012年、今の会社に契約社員として雇用された(今度は別業種)。一年後、何を認められたのか正社員に登用された。そこそこ大きい規模の企業なのでコンプライアンスがしっかりしていて福利厚生も充実している。長期休暇も年三回ある。まさか自分が9年も同じ会社で働き続けることができるとは思わなかった。