年金制度への誤解を解く一冊──大江英樹『知らないと損する年金の真実』を読んだ

 

こないだ老後資金について考えた。とりあえず現時点の考えとしては、今の会社で65歳まで働く、年金受給は70歳まで繰り下げて増額して受給する、空白期間は退職金やiDeCoでつなぐ。投資信託(全世界株式が大半)は必要に応じて部分的に売却していく(後で勤務先の規約を調べてわかったのだが弊社は企業型DCには60歳までしか加入できなかった)。

 

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FIREできるならしたいけれどできるほどの金融資産を用意できないし、働くのはくそだるいが厚生年金と社会保険に加入できるのは会社員を続ける大きなメリット。個人で国民年金国保に入ると一年で結構な出費になる。手続きもだるい。宝くじで億ればアーリーリタイア可能だろうが宝くじを買わないので不可能。令和元年の「高齢社会白書」によると60歳から64歳までの間で働いている人の割合は男性で81%、65歳から69歳は57.2%、70から74歳でも38.1%という。凡人なんだから俺も大勢の8割に属したほうが無難だろう。もっとも、こんな皮算用したところでリストラ食らう可能性は常にあるし、それまで生きられるか、健康かの問題もある。でもそんな不確定要素をいちいち考慮していたら何も進まないので、とりあえずは現在の状況を前提にしてプランニングするしかない。

 

何歳まで生きるか不明だからこそ老後の生活の柱となるのは終身で受給できる老齢年金。しかし年金にはあまりいいイメージがない。少子高齢化だから、年金財政は赤字だから、いずれ破綻する。あるいは現在の高齢者に比べて若者は受給額が少なくなるから不公平だ、払い損だ、などの声に、よく調べもせずに影響されている。著者はこうした世間に流布する年金への誤解をデータをもとに一つ一つ丁寧に解いていく。

 

公的年金の本質は「保険」である。「貯蓄」ではない。不測の事態に備える保険。不測の事態は3種類ある。

1.長生きしすぎて金がなくなる

2.病気や怪我で障害を負う

3.死亡する

1は老齢年金、2は障害年金、3は遺族年金がそれぞれ該当する。火災保険や自動車保険と同じだと理解すれば損得を考えるのは無意味だとわかる。せっかく保険料を払ってるんだから火事や事故に遭った方が得だ、とはならない。年金も同じ。保険とは損得で入るものではなく万が一にも遭遇すれば一回で人生が破綻してしまうような不幸への備えである。

 

本書を読むまで自分もしていた年金への誤解。

年金財政は赤字?

令和3年の時点で日本の財政赤字は1000兆円近くある。しかしこれは一般会計の話。年金はそれとは別の年金特別会計に含まれる。ここには年金積立金と言われるお金が令和元年度末で約190兆円ある。つまり年金財政は赤字どころか190兆円もの「貯金」を持っている。190兆円という額は積立金だけで毎年の給付をまかなったとしても4.9年はもつほどの金額。アメリカだと3年分、ヨーロッパにはほとんど積立金はない。この積立金は大半が保険料である。なぜこんなに「貯金」があるのか。日本で国民年金が始まったのは1961年。高度経済成長の真っ只中だった。

 我が国の場合は幸いにして戦後若い層が多く、経済も高度成長が続いたことで、他の国に比べて年金積立金を多く蓄えることができたということなのです。これはまさに僥倖と言えるでしょう。

さらにこの積立金はGPIFがインデックス投資で運用している。運用益は過去20年間で100兆円あまり。なのに年金財政について赤字のイメージがあるのは、悪いこと・不幸なことを積極的に報道したがるメディアと、年金不安を煽って金融商品を買わせたい金融機関のせい。彼らのビジネスにとっては人々が年金に対して不安を抱いてくれた方が都合がいいのだ。

 

不公平?

現在の高齢者と比較すると若者は受給額が少ない。世代間格差。では世代によって負担する保険料と年金給付額は具体的にどのくらい違っているのか。給付額を60歳から平均余命までの合計額で計算すると、厚生年金の場合、1945年生まれの場合、保険料を1000万円払って5200万円支給される(5.2倍)。1995年生まれの場合、保険料を3400万円払って7900万円支給される(2.3倍)。7900万円支給ってすげえな、これ年収いくらで計算してるんだろ? いや物価上昇率の問題か? 倍率だけ見るとたしかに高齢者が優遇されているように見える。が、国民年金制度ができたのは1961年で、それ以前は私的扶養の時代だった。年金支給がないから子供が親の面倒をみる。1945年生まれなら1961年にはまだ16歳。この人たちは親を養いながら保険料も払っていた。逆にいえば年金制度が充実してきたおかげで子供が親を扶養せずに済むようになった。金額換算は難しいけれど「高齢者がすごく得をしているわけではない」とはいえる…のか?

 

少子高齢化により年金制度は破綻する?

これ、すげー言われるやつ。1970年には65歳以上1人に対して65歳未満が13.1人いたが、2020年には2.6人しかいない。2040年には1.8人しかいなくなる。支給額に対して保険料が大幅に不足して年金制度は崩壊する、と。しかし少し考えると気づくのだが、65歳以上の人すべてが年金だけで生活しているわけではない。上で述べたが令和元年で60歳以上の8割が働いている。ということは保険料を支払っている。となると割合を見るべきなのは65歳以上1人に対する65歳未満の人の割合じゃない。1人の就業者が何人の非就業者を養っているか(「何人の働いている人が、何人の働いていない人を支えているか」)だ。それだと1970年は1.05人、2020年は0.89人となる。高齢者の数は半世紀前より増えているのに支えている人の数はむしろ減っている。少子高齢化がピークを迎える2040年でも0.96人とあまり変わらない。なぜそうなるのか。昔は55歳で定年だったのが今では65歳になり、さらには70歳になるかもしれないが、働く高齢者が増えたため、また専業主婦家庭がここ40年で半減して共働き世帯が倍増したため、つまり「働き方が変化してきている」ためだ。高齢化が進もうと保険料収入があれば年金制度は維持できる。この「誤解」はそもそもの参照データの誤りによるもの。

 

未納者が増えて年金が破綻するというのも間違い。サラリーマンの場合毎月の給料から厚生年金が天引きされているし、その配偶者で働いていない専業主婦(夫)の分は配偶者が払っている。未納になるとしたら自営業やフリーランスや無職といった1号被保険者の人たち。しかしこの人たちにしても一時的な未納や免除が大半で、払える余裕があるにも関わらず払っていない「確信犯」は125万人、公的年金加入者全体が6759万人だから1.85%に過ぎない。1.85%の未納者のせいで制度の破綻はあり得ない。年金は保険料を10年間払っていなければ支給されない。国民年金の給付の原資の半分は税金でまかなわれている。となると保険料を払っていない人は年金を一銭も受け取れないのに税金だけ払っているわけで(税金も払っていなかったら脱税だ)、払った税金分だけ損をしている計算になる。規定の期間保険料を払わなければ障害年金も遺族年金も支給されない。リスクが高い。

 

以上、自分がこれまで抱いていた公的年金への誤解は著者によってすっかり払拭されてしまった。こうした年金の「真実」について書かれているのが半分ほど。残りは2022年からの公的年金制度の変更点(厚生年金加入者が増えるのはいい施策だと思う。そのせいで経営が圧迫されるような会社なら存在意義がないという著者に同意)と年金の活用方法、さらには今後の年金制度への提言など。少子高齢化も問題だけれど経済成長の停滞も問題。保険料収入が増えないから。厚生年金は生涯年収が増えるほど支給額が増す(生涯年収が180万円増えるごとに支給額が1万円/年増える)。経済成長するほど賃金の上昇・年収増が見込める。年金制度の安定維持のためにも、個人の老後の支給額を増やすためにも、経済成長が重要なのだ。

 

本書を読んで年金制度の理解が進んだおかげで将来の生活への不安が減った。なんというか、気持ちが楽になった。老後に備えて資産を増やしたいからと投資の本を読むのもいいけれど、老後の柱となる年金についても大まかにでもいいから仕組みを知っておくのは大切だ。でないと将来具体的にどれくらいの金額が必要かよくわからないまま投資をする・続けることになるから。いや、目標金額とか関係なく可能なら増やせるだけ増やせばいいじゃん、って話かもしれないが。

 

 

 

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