ひとりものの生きる道  荒川和久『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』を読んだ

 

 

今後の日本社会は人口減少を回避できない。

それに伴い生涯独身者も増加する。

独身男女と既婚男女の幸福度調査における差異。

すでに崩壊した従来のコミュニティに代わる新しい居場所を創出するには。

大体そんな話が書いてある。

 

人口減少問題イコール少子化問題と思われがちだが、実際は「少母化」と「高齢者の多死化」の問題だと著者は述べる。

 

少母化について。

2021年の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の数)は1.3人。そう聞くと、多くの家庭は一人っ子ばかりなのかと思ってしまう。違う。この数字は未婚の女性も分母に含んでいる。

合計特殊出生率とは、15-49歳までの全女性の各歳ごとの出生率を足し合わせて算出したものである。が、全女性という以上、この中には、15-49歳の未婚女性も分母に含まれる。よって、未婚率が高まればそれだけ自動的に下がることになる。

著者の調査によると母親一人あたりが産む子供の数自体は1970年代から2015年までそれほど大きくは減ってはいない(2.2人から1.9人へ緩やかに下降)。子供の数が減っているのは独身者の増加により母親となる女性の数が減ったから。少母化問題と著者が指摘する所以である。

2020年の女性の生涯未婚率を15-49歳の範囲で見ると47%になり、

分母のほぼ半分が未婚者で占められるほど未婚率が増加しているのであり、出生率の値が下がるのは当然なのだ。ちなみに、皆婚時代と呼ばれた1980年の同年齢帯での未婚率は30%だった。

 

高齢者の多死化について。

日本の人口は2008年をピークとして減少基調に入っている。ただしその原因はよく報道されるような生まれてくる子供の数が減少しているせいではない。「人口減少は死亡数が出生数を上回る自然減によって生じる」。超高齢化社会の日本では2024年から年間150万人以上が死んでいく時代が到来し、以後50年にわたって続く。今後の日本の人口減少はだから少子化によって加速するのではなくこの高齢者の多死化によって起きる、と著者は述べる。毎年150万人以上の死者が50年にわたって続くとトータルで7500万人以上になるわけだが、マジか。

そして人口減少は日本だけで起きるのではない。一部の途上国を除いたすべての国で人口は減っていく。多少婚姻数や出生数が増えたところでこの流れは変わらない。世界は「人口減少」フェーズに入った。

 

未婚が増えた原因については経済問題が大きい。「失われた30年」*1、終身雇用制度の崩壊、税金の増大、物価の高騰。自分一人が生きていくのに精一杯でとても家庭を持つどころじゃない人が増えたからで、これは政治が悪い。

かくいう自分も氷河期世代ど真ん中、就職には苦労したしその後も職を転々とした*2。人生で一番楽しい時期の20代後半から30代半ばにかけてを低賃金&長時間拘束ブラック職場で過ごし、いい出会いに恵まれずに45歳の今までひとりものである。もう死ぬまで一人だろう。

 

「ソロ社会」は大都市に限った話ではない。今や日本の全都道府県が「夫婦と子」世帯を単身世帯が上回っている。夫婦と子で暮らしていてもやがて子が独立すれば夫婦二人になり、そのどちらかが先に死ねば単身世帯となる。全国で増加しているソロ世帯とは、

未婚の若者とかつて家族だった高齢者によって作られていくのである。

 

 

ちょっと長くなってしまったがここまでが本書の前提部分。

単身世帯の増加を踏まえ、「ソロ社会」でひとりものがいかにして幸福に生きていけるかを探るのが本書の趣旨。

幸福ってなんだよって話だが、自分が思うには、

心身ともに健康で、

生活に不安がない程度(以上の)金があって、

社会に居場所がある(他者との交流がある)

状態ではないかと。

自分で言っときながらなかなかハードルが高い。

 

未婚既婚男女別幸福度調査では男女とも既婚者の方が未婚者より幸福度は高い。未婚者同士で比較すると女性に比べて男性はかなり幸福度が低い。50歳代で比較すると未婚女性の幸福度が39%であるのに対して未婚男性は約半分の23%しかなく、既婚男性50%、既婚女性63%と比較するとさらに低い。端的に言って50代の独身男性は幸福を感じられていない。

 

同じ未婚者でも男女で差が出るのはどうしてなのだろう。未婚男女で比較した場合寿命も女性の方が長く、一方で男性は短命だという恐るべきデータがある。不摂生とか、外食しがち酒飲みがちとかなんだろうか。女性の方が生物として丈夫にできているのだろうか。孤立せず、いざというときすぐ気づいてくれる人がいる交友関係を築けているのか。謎だ。

news.yahoo.co.jp

 

統計上は男性で40歳、女性で38歳を超えると結婚可能性はなくなる。すでに超えている自分は生涯独身が決定した。毎月コツコツNISAだiDeCoだで投信を積み立てて12年前は7000円だった総資産は今では中古の一戸建てが買えるくらいまでには増えた。運よく大企業に就職できたので退職金もそれなりに貰える(はず)。煙草は吸わない、酒は嗜む程度、適度に歩くことを心がけ、食事にも一応気を配っている*3。でも、独身男性は60代で半分が死ぬ、と聞くと金に関しても健康に関しても無駄な努力やってるだけなんかなあと自問しないでもない。別に苦でないから今の質素でシンプルな生活を継続するが。なんとなくでやっているだけで、必死こいて老後資金を貯めるモチベーションなんて本当は俺にはない。苦労している同じ氷河期世代からはなに贅沢言ってんだと怒られるかもしれないが。

 

上に俺の考える幸福の要素を三つ挙げたけれども、このうち健康と金は運次第というか本人が努力してもどうにもならない場合も多々ある。だが三つめの居場所の問題は本人のやる気次第でどうにかなる。本書では、著者は

しあわせとは「人との接点・つながり」

と述べている。ここから本題、「超ソロ社会における幸福のコミュニティ」についての話に入っていく。

 

…入っていくのだが、あまり大したことは書かれていない。

日本の高齢者に「生きがいを感じる時」について調査したところ、男性が「仕事」「勉強」「収入」など仕事的なものばかり挙げたのに対して、女性は「おしゃれ」「友達と交流」「おいしい物を食べる」「旅行」「他人からの感謝」など他者との関係性を構築することを挙げた、という結果が出た。女性の方が日常生活に楽しみを見出しやすい思考をしている。男性の方が窮屈に生きている。

だから定年退職後の男性が、

友達もなく、趣味もなく、生きがいもなく、やることもなく、さりとて何かを始めようとする意欲も体力も気力もなく、ただ毎日テレビを見て過ごすだけの抜け殻

となってしまいがちなのは、人間関係が職場しかなかったがゆえの末路なのだ。

 

著者によれば、

 では、友達もいない、趣味もない高齢男性はどうやって生きていけばいいのだろうか?

 それは「友達を作る」や「趣味を作る」ことではなく、1日数時間、週3日でもいいから仕事を続けることだ。その仕事は一人黙々とやる仕事ではなく、倉庫の分別とか大勢の人間との共同作業であった方がいい。なぜなら、それは金を得るための仕事ではなく、人と接する機会を得るための仕事だからだ。そうでもしないと、丸一日誰とも口をきかずに終わる日々を過ごすことになるだろう。

 誰かと会話をするというのはとても重要である。他愛のない話で構わない。「俺の話を聞いてくれる相手がいる」と感じられることはそれだけで満たされる。それはメールやSNS上でのテキストのやりとりだけではカバーできない、心の充足と脳の活性化を生む。

つまりは孤独になるな、人との接点を持て、と。

 

これは高齢者に限った話じゃない。ひとりものも同じ。

地域の集まりでもボランティアでも読書会でもなんでもいいから他者と関わる機会を持て、そしてその数は多ければ多いほどよい。

 

かつては家族や職場や地域といった一員として所属できる堅固なコミュニティがあった(ソリッド社会)。

しかしそれらは今や崩壊し、人々は所属する場を失い個人として生きていかざるを得なくなった(リキッド社会)。

かつてはコミュニティに所属すると安定や安心が得られる一方でその一員としての義務も負わねばならなかった。擬似家族的な昭和の会社がいい例だ。終身雇用や福利厚生で生活を保障してくれる代わりに滅私奉公を求められる。

それらソリッドなコミュニティは経済のグローバル化による競争の激化で社会が流動的になるにつれ失われ、人は個人化し、所属という安定を失う代わりに義務から解放され自由となった。今後はあらゆる関係性の場を自分で選択し、その結果責任も自分で負わねばならない。

 

この話はさらに、所属から接続へ、居場所から出場所へ、新しい自分との出会いが人生を豊かにする…と続いていくのだが、説得力が弱く感じられたので適当に流し読みした。

本書の要諦はここまでの部分で十分説かれている。

ソロ社会だからこそ孤立するな。

これに尽きる。

 

孤独はいい。一人内省したり思考に耽るのは「よく生きる」ためには必要な時間だ。だが孤立はよろしくない。人間は一人の状態が長く続くと社会性を失い、狂ってしまうから。

 基本的に、妄想は孤独から発する。体験や情報を世の中と共有し、社会の常識を実感し他者との交流によって現実感覚を刺激することによって、我々は「正常」を保っていられる。

 

春日武彦屋根裏に誰かいるんですよ。都市伝説の精神病理』

 

 

本書と似た意見をどこかで読んだ記憶があるな…と思っていたらphaさんの『持たない幸福論』だった。

 じゃあ生きるにおいて本当に大事なことは何かというと、「一人で孤立せずに社会や他人との繫がりを持ち続けること」と「自分が何を好きか、何をしているときに一番充実や幸せを感じられるかをちゃんと把握すること」の二つだと僕は思う。

 

 会社や家族やお金に頼らなくても、仲間や友達や知り合いが多ければわりと豊かに暮らしていけるんじゃないだろうか。生きていく上で大事なのは他者との繫がりを保ち続けることや社会の中に自分の居場所を確保することで、仕事や会社や家族やお金はその繫がりを持つためのツールの一つに過ぎない。いわゆる「普通」とされている生き方以外にも、世界には生き方はいくらでもある。

 

 結局人間にとって一番大事なのは「孤立しないこと」なのだと思う。そのために家族という概念が有用なら家族という概念を使えばいいし、それが他のもので代替できるなら他のシステムでもいい。

 

自分が今の会社で定年を迎えるのは15年後。その頃には今現在同居している両親はともに亡くなって自分は一人きりになっているだろう。友だちと呼べる人は一人もいない。孤独だ。だから定年後も、生活のためではなく社会との接点を保つために65歳まで雇用延長して働くつもりで今はいる。体力気力が許せばだが。

定年近くなってから急に何かを始めても遅いから40代の今のうちから、ハイキングや読書会といった自分と同じ趣味の集まりに参加して交友関係を広くしたいなとは常々思っているのだが、まだできていない。出不精、受け身、よろしくない。

 

 

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*1:昔は10年と言わなかったか? 一向に改善されないんだからもう失われたなんて言い方はよした方がいいと思う。常態化してる

*2:今の会社に入社したのは11年前でようやく落ち着いた。生活の目処もついた

*3:身長173cm体重65kg