金について考えるのは人生について考えること──『DIE WITH ZERO』を読んだ

 

 

金融資産を使い切って死ぬことを勧める本…というと乱暴すぎる要約かもしれないが。若いうちから老後に備えて倹約し、余剰資金を非課税制度を利用してインデックスファンドに投資する。無駄遣いせず生活はシンプルかつミニマムに。そうやって30年後か40年後に、これまでの年月積み重ね、さらに複利によって膨れ上がった金を収穫する…それまで生きていたとしての話だが。老後2000万円問題が持ち上がって以降、また物価上昇が続く昨今、投資だとか副業だとか節約・倹約だとかの話は以前よりも人口に膾炙するようになった…ように思う。しかし若いうちから老後資金を蓄えるのは老後のために健康かつ感性豊かな青春期を犠牲にするということでもある。著者はそうした風潮を批判的に見る。金は若いうちに使ってこそ有効活用できると主張する。そして死ぬ時は資産を0にして死のうと。

 

著者は新卒で働きはじめた頃、毎月の少ない給料からわずかではあるが貯金ををしていると職場の上司に自慢したところ、褒められると思ったのに反対に呆れられてしまう。上司いわく、君はこれからどんどん給料が上がるんだから貯めるならそれからでも間に合う、若い今は経験や勉強のために自分にどんどん投資すべきだ、と。目から鱗が落ちるアドバイスだったという。早速その上司の教えに従った。

 

「人生とは経験の合計だ」と著者は述べる。20代前半のとき、ルームシェアしていた友人が、旅費を借金をしてまで工面して長期のヨーロッパ旅行へ行った。帰国してから借金の返済に苦労したようだが、彼がした経験は金では買えない価値があった。憧れて、金銭的に余裕ができた30歳のとき著者もヨーロッパへ旅行したが、その時ではもうタイミングを過ぎていた。

 後に、一念発起してヨーロッパに旅に出た。だが、 30 歳のタイミングでは遅すぎた。もう、ユースホステルに泊まり、 20 代前半の旅人たちと和気藹々とできるような年ではない。仕事上でも数年前より責任ある立場になっていたので、個人的な旅行のために何カ月も休暇を取るのは難しかった。

 残念だが、この旅はもっと若いときにすべきだった——。

 そう結論を導かざるをえなかった。

30歳だって十分に若いが、それでも20代と比較すれば体力は落ちているし事物に感動する能力も失われている。周囲の人の見る目も違う。物事にはすべきタイミングがある。若い時でなければできない、味わえないことは多い。恋愛、旨い飯や酒、芸術鑑賞、運動など。知識や技術の習得もそうだろう。多少無理をしても若い時にそうした経験を積んでおけばそれがその先の人生の助けになったり、よい思い出として生きる支えになったりする。そしてそれは老後資金を長い年月をかけて複利で増やすことよりも価値がある。そう著者は主張する。

 人生は経験の合計だ。 あなたが誰であるかは、毎日、毎週、毎月、毎年、さらには一生に一度の経験の合計によって決まる。 最後に振り返ったとき、その合計された経験の豊かさが、どれだけ充実した人生を送ったかを測る物差しになる。

経験の合計。死んだ時に残った資産額の合計ではない。どれほどの資産があっても、高齢になり、ベッドで寝たきりになってしまえば(金のかかる医療サービスは受けられるだろうが)大金があってもないのとさして変わらない。だが楽しかった経験の思い出があれば、

身体が弱って思うように行動ができなくなっていても、それまでの人生を振り返ることで、大きな誇りや喜びを味わい甘酸っぱい思い出に浸ることができる。

 

俺も少し前に同じようなことを考え、こんなツイートをした。

 

しかし老後に大病を患ったらどうする? あるいは家族がそうなったら? 災害が起きる可能性だってある。だから将来のためには多すぎるくらいの金を準備するくらいでちょうどいい。いくらいい思い出があっても金がなければ食うものも住む場所も用意できないじゃないか──そういう常識的な声もあるだろう。著者はイソップ童話「アリとキリギリス」を例に挙げ、キリギリスはもう少し節約すべきだし、アリはもう少し今を楽しむべき、つまり両者の中間がちょうどいいと述べる。将来のための備えは大事だが悪い事態を想定する限り際限がない。そして人生の貴重な時間と労力を費やして貯めた金の多くを大半の人は使わないまま死んでいく。アメリカ従業員給付研究所が2018年に行った高齢アメリカ人の資産と支出に関する調査によると、

・概して、人々は自分の資産を使い始める(取り崩す)のが非常に遅い

・資産額が多い人々(退職前に50万ドル以上) は、20年後または死亡するまでにその金額の11.8%しか使っておらず、88%以上を残して亡くなっている。つまり、65歳に引退したときに50万ドルだった資産は、86歳の時点でまだ44万ドル以上残っている。

・資産額が少ない人々(退職前に20万ドル未満)は、老後に資産を使う割合が高い(同額の支出でも、資産が多い人に比べて支出の割合が大きくなるためだろう)。だがこのグループでも、退職後の18年間で資産の4分の1しか減っていない。

・全退職者の3分の1が、なんと退職後に資産を増やしている。資産を取り崩すのではなく、反対に富を増やし続けていた。

等が判明した。つまり、

現役時代に「老後のために貯蓄する」と言っていた人も、いざ退職したらその金を十分に使っていない。

 

人々は老後に金が不足するリスクに脅えて必要以上に節制している。ジョジョ第三部でDIOが「人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる」と言ったとおりに。自分も少し前に老後資産を試算したことがあった。順当にその通りにいけばの話だが、たしかに老後はそこそこ金に余裕がありそう、それどころかたぶん使いきれず残して死ぬだろう計算になった。といっても未来は絶対予想したとおりにならないものだから今から考えても詮無いのだが。

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

中年になった今わかるのだが、若い頃みたいに行動する元気もないし、何かを見て深く感動する能力も衰えているし、読書や映画は若い頃から現在まで好んで読んだり見たりするけれどもだんだん新しいものより知っているものの方が楽しく感じられるようになってきている。新しいものに触れる最初が億劫で。スプラトゥーン3を発売日に買ったにも関わらずもう3日プレイしていない*1。なのにスレイザスパイアはほぼ毎日プレイしている。未知のものに触れ、操作を覚えたり設定や世界観や人物の名前を覚えたりするのが面倒くさい。

 

知っているものならとっつきやすいけれど再度触れても初めてそれを知った若い時のような感動はもう得られない。スレイザスパイアもちょっとしたギャンブル的な感覚で惰性でやっているのに近い。アセ1だし。先日、自分にとって最高の小説であるドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を再読してだれずに10日程度で上中下3巻読めたけれども、若い時のような、食事も風呂も忘れて没頭することはとてもできなかった*2。小説自体は変わっていないのだから読むこちらが変わったのだろう。加齢により集中力は衰え、本を持つ腕の筋力も衰え、字を読み続けると老眼で次第に目がしょぼしょぼしてくる。もう若い頃のようには何時間もぶっ続けで読めない。付き合い方を変えるべきなのだ。いつまでも子供用プールで遊んだり子供料金で電車に乗るわけにいかないのと同じだ。読書や映画だけじゃない。旅行だってそう。コロナのせいで2020年からはもう3年ほど遠出していないけれど、もしコロナが終息したとしてもじゃあ以前のように飛行機に乗って北海道や沖縄へ行くかといったら、どうだろう?

いや、行きたいな。道東へはまだ行ったことないし、利尻にも行きたいし、宮古島には二度行ったけれども石垣島波照間島へは行ったことないし。九州も行ったことないから行きたいし、四国や和歌山へももう一度行きたい。大阪も行ったことない。

…そうか、まだ旅行への関心はあるんだな。たまには自問自答するのも大事だな。気づきがある。でも高齢者になったら旅行も関東近県がせいぜいだろう。

 

食事も、ステーキや焼肉やラーメンやとんかつやうな重やケーキなどの旨いものを味わえるのは若くて健康な時期*3に限られる。おっさんになると味覚も衰えるし、行列に並ぶのもだるいし(俺は若い頃から並ぶのは大嫌いだったが)、食い過ぎれば体重が増えたり、糖尿だ、高血圧だ、悪性コレステロールだと健康を損なう羽目になるから欲望に任せて暴飲暴食していられない。胃腸も弱くなる。若い頃のようにはカルビやサーロインをたくさんは食べられない。もたれる。

 

著者は人生で金の価値を最大化できる年齢は26歳から35歳と見積もっている。アンケートから導き出した結果というが我が身に照らして腑に落ちるし、この年齢の頃が人生で一番楽しかったかもしれない。あの頃に今あるくらいの金があったらよかっただろうな。

 

人生の最期の日々、チューブにつながれ数日を延命する金のために二度と戻らない若い時期を犠牲にするのか。または、使いきれずに金を残して死ぬならその額が多ければ多いほどムダに働いたことになるのではないか。

 人は皆、遅かれ早かれ死ぬ。 最後の数日、数カ月を生き延びるのに必要な医療費を貯めるために、人生の貴重な数年間を犠牲にしてまで働きたいと思うだろうか?

 私は、いさぎよく「墓場で会おう!」と言いたい。

 それに、医療費は病気〝治療〟に使うより、健康を保つための〝予防〟に使うほうがはるかに賢明だ。

 

少し前にはてなブックマークインデックス投資関連の話題が何件か上がったことがあった。知らんが、投資ブーム来てるのか? ロシアのせいでここのところ下がる一方のようだが。

togetter.com

 

anond.hatelabo.jp

 

この2件のエントリに俺は「若いうちは生活費を切り詰めてまで投資に費やすのはよして、恋愛、旅行、旨い飯、芸術鑑賞、運動など若いからこそ楽しさを享受できる経験のために金を使った方がいい。経験と記憶こそが人生の宝。金は後からでも増やせるが、健康と時間は取り戻せない」みたいなコメントをつけた。人生には楽しいことがたくさんあってそれらは金があればいつでも味わえるのだろうと思っていたのに、実際には賞味期限があると気づいたからだ。少し前に読んだ『ほったらかし投資術』にこんな一節があった。

旅行、趣味、スポーツ、 美味しいワイン、芸術鑑賞など、若い時分に楽しむことが後にも有効だったり、良い思い出が長く残ったりする性質の支出対象は少なくありません。世の中には、中年以降では、使えなかったり、使っても有効でなかったりする支出対象が多数あります。お金は、単に増やすだけではなく、有効な時に使うことが大切です。

金を貯める、あるいはインデックス投資で増やすのって難しいことじゃない。給料から天引きして専用口座へ入れる、または積立設定さえしてしまえばあとはほったらかしでいいのだから。貯める・増やすより上手に使う方が難しい、と最近の自分は思っている。質素な暮らしをしているのに口座に何千万とあるような高齢者がいるというが、そういう人たちの中にはいい使い方がわからないから結果的に貯まっていた、という人もいるのじゃないだろうか。お金がもったいないから、って最強の言い訳だから。でも金は所詮金。手段でしかない。もちろん自分も預金口座や証券口座の金が増えれば嬉しい。ゲーム感覚でもっと増やしたくなる。でも、極論すれば使わない金ってないのと同じだよな。金は使ってこそ金。だからといってじゃあ旅行へ行くか、となっても、一般の勤め人である俺の休日は世間の休日で、どこへ行っても混んでいる、交通機関やホテルはシーズン料金、高い金払って人混みへ出かけるなんて馬鹿らしいから、じゃあ行かねえ…となる。コロナのせいもあるが。GoToキャンペーンや県民割を知ってしまった今、以前の宿泊料金が割高に感じられる体になってしまった…という個人的事情もある。スマホおよびSNSが普及したせいで今やネット予約の優位性はなくなってしまったし(スマホ普及前の2000年代は競争相手が相対的に少なくネットでチケットをとりやすかった記憶がある)、承認欲求を満たすための投稿者で観光名所が大混雑することもなかった。2000年代後半から2010年代前半が、リーマンショックや震災があり俺も無職になったりしたけれど、状況としては楽しかったような気がする…が、どうだろう。ただのノスタルジーか?

 

インデックス投資を5年間続けてきた俺は、このあと20年継続するつもりでいるし、手間とメリットを秤にかけたらインデックスファンドのほったらかし投資が資産を増やす方法として(自分にとっての)最適解だと信じてもいる。が、ときには異なる主張を読むのもいい。そうすることで多面的な見方、別の価値観があるのがわかるから。金について考えることは人生について考えること。さまざまな価値観を知り、自分の生活や可能性を参照しつつ、活かせるものは活かし、ダメなものは無視する。そうやって試行錯誤しながら人生の充実を図っていこう。

 

 

自分がブックマークに入れているお金関連の記事からいくつかを。

 

labaq.com

 

www.lifehacker.jp


www.lifehacker.jp

 

以上の三つの記事は年に何度か読み直している。

俺自身のエントリも貼っておく。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

*1:2もすぐやめてしまった。正直このゲームの面白さがよくわからない。なのに3を買った

*2:すでに知っている話だからそこまで夢中になれないというのも当然ある

*3:体感としては30代前半まで