小山清『風の便り』を読んだ

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小山清はいい。文は人なりという言葉があるけれど、遠慮がちに、慎み深く、善美を希求するその文章を読むと胸が温かくなる。本書には著者自身の身辺を語ったり内省するような作品が11編収録されている。勤務先の金を使いこんだがために刑務所に服役し、夕張で炭鉱夫として働いた人である。底辺で喘ぐように生きる市井の人たちとともに暮らした人である。発作のために倒れ、後遺症として言葉を失い、それが原因で妻の自死を経験した人である。手元に余ったわずかな金の使い道として、花を買おうと思いつく人である。

 

自分が小山清を知ったのは講談社文芸文庫で、その冒頭に収められた「落穂拾い」の一節を読んだときから、自分にとって特別な作家となった。この人の書いたものが、忘れ去られることなく、2021年にまた新刊として出版されることが嬉しい。それも素敵な装丁で。

 

僕はいま武蔵野の片隅に住んでいる。僕の一日なんておよそ所在ないものである。本を読んだり散歩をしたりしているうちに、日が暮れてしまう。それでも散歩の途中で、野菊の咲いているのを見かけたりすると、ほっとして重荷の下りたような気持になる。その可憐な風情が僕に、「お前も生きて行け」と囁いてくれるのである。

 

「落穂拾い」

 

風の便り

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