『8 1/2』を見て映画館の変な客について考えた

日曜日、「午前十時の映画祭」で『8 1/2』を。大好きな映画でもちろんブルーレイも持っている。どこが好きなのか? スランプの映画監督の話というのがいい。こういうメタ的な視点は自分の好み。撮れないからインスピレーション欲しさに愛人を呼び寄せたり、鬱陶しい脚本家を(想像の中で)殺したり、映画監督って似たようなことをしたり考えたりするのか、してそうではある。少年時代の回想、夢、両親の亡霊それとも幻影、現実と非現実が混在するのも心地いい。「アサ、ニシ、マサ」。美しい女優が大勢出てきて華やかなのもいい。ハーレムのシーンは現代のジェンダー観では批判されるのかもしれないが茶番劇として見るたび笑える。ホテルで見かけただけの美女もいるのが『山猫』の主人公が死ぬ間際、汽車で見かけた見知らぬ女性を幻視するのを彷彿とさせて味がある。窮地から救ってくれる最後の希望と思われた女優がせっかく来てくれたのに「私の役はないんでしょ」と見透かされて、グイドのしょうもねえ男っぷりに何度も苦笑。愛人と妻の二人を現地に呼ぶなんて阿呆の極みで、案の定鉢合わせて修羅場に。でもここは妻の憎悪が物凄くて笑えない、どころか怖くなる。アヌーク・エーメ、素晴らしい。でもやっぱり一番素晴らしいのはサラギーナで、浜辺でルンバを踊るシーンはノリノリな音楽も相俟って見ていて楽しい。サラギーナのフィギュアがあったら欲しいかもしれない。クライマックスの「人生は祭りだ、ともに生きよう」という台詞がよく引用されるけれども、照明が消えて暗い中に少年が一人残されるラストのショットからは祭りの高揚よりも終わったあとの寂しさが感じられて、楽天的なラストってわけでもないな、と今回見て思った。冒頭の悪夢の、バスの二階席の窓に人間の首から下がずらっと並んでいるショットが気味悪く、あれ、こんなのあったっけ、と新鮮な気持ちに。映画の最後、生きる気力が湧いてきたとグイドが言うのは撮影の重圧から解放されて自由になったからで、映画が撮れない、って話をこうも面白く、こうもカタルシス溢れる映画にしてしまうフェリーニ、本当に凄い。これは決して高尚な芸術映画じゃない、庶民が楽しめる娯楽映画だ。でもこの監督の映画はこれと『道』しか見たことがないのだが。

 

シアターに入場して驚いたのは観客が20人かそれとも30人くらいいたこと。へぼい新作より入っていたんじゃないか。この映画の湯治場に登場するような高齢者ばかりかと思いきや結構若そうな人もちらほらいた(ような気がする、観察したわけじゃないのでパッと見た印象)。でも午前十時の映画祭って毎回客の年齢層が高めで、そして変なのに遭遇する確率が高い。偏見かもしれないが俺自身の統計から「初老以上の年齢の一人客」は地雷率が高い。この日はシアターが暗くなってから爺さんと思しき客が息切らしながら入ってきて、こっち来んじゃねえぞ、と心の中で思っていたら俺の斜め後ろに座って、10分くらいずっと頭の後ろでぜえぜえ呼吸するのを聞かされてげんなり。そんなにまでして見たかったのか…中盤で寝息立てて寝言言って寝ているようだったが。たしかに中盤が少し退屈な映画ではある(湯治場で枢機卿だかと会話するところとか)。それぐらいならなんてこともない。が、中盤に差し掛かるころ、横から爪で爪を弾くようなカチカチと不快な音が。以前2回ほどドリンクホルダーに置いたペットボトルのラベルを爪で引っ掻くバカに会ったことがあるのでその類かなとそっと一つ空けた右の席の爺さんの方を見るとマスクがモゾモゾと動いていて、ガムか? いや、だったらくちゃくちゃ音だろう、カチカチ音は奥歯鳴らしてるからじゃねえか、と思えて、少し我慢したり咳払いしたりしたけど一向にやめる気配がないので(いけないのだろうが)左の方へ移動してしまった。移動した席の前に座っているおっさん? は体動かすたびに激しくシートに体をぶつけてその振動が同列の客に伝わるらしく、横の兄ちゃん? が舌打ちして睨みつけていた。が、おっさん? は気にせずドスンドスン、口開けてポップコーン食って咀嚼音を響かせ(鬱陶しいがコンセで買い物する客は買い物しない俺みたいな客より映画館の売上に貢献していて偉いと思っているので俺は気にしない)…となかなかカオスな上映回だった。

 

上で述べた偏見をさらに強めれば、地雷率が高いおっさんってなんとなく外見で判断がつく…ように思う。冴えない感じで、仰山な荷物を抱え(パンパンに膨れたショルダーバッグとビニール傘とか)、メガネ率が高い。ぜえぜえ音に関しては道が混んでたか電車が遅れたかしたのかもしれずしょうがない、異音もドスンドスンも本人からしてみれば何か正当な理由があるのかもしれないが、1500円払って、楽しみにしていた映画を見に行って、映画自体は最高なのに客ガチャ外れのせいで残念な気持ちでシアターを出るというのは…嫌なものだ。こないだ『ラム』を見に行ったときは後ろから4回蹴られたが、ああいうマイナーな映画を見る人とか、午前十時の映画祭で過去の名作を見る人とか、映画好きなのだろうに、他人への配慮が乏しい人が混じっていて、しかも悲しいことにそういうのに俺はよく遭遇する。いや、特別俺が遭遇するってわけじゃあるまい。やはりそれだけ数が多いのだ。日曜の昼前という時間帯も混雑するからよくないんだろう。でも以前平日休みに『最後の決闘裁判』を見に行ったらペットボトルのラベル引っ掻き野郎に遭遇して、貴重な平日休みにせっかく見に行って(たしかこのときは観客は俺入れて3名だったにも関わらず)変な客のせいで台無しにされたんじゃ目も当てられない。黒沢清だったか、映画館とは他者あっての場所だとか言っていたが、うーん、俺は別に劇場に俺一人でも一向に構わない。

 

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逆に俺の記憶の中で観客皆マナーよく快適に見られたのは、平日のレイトショーだったかの『メイドインアビス』で、俺より少し前の若者二人組は音一つ立てずポップコーン食べてて、どうやって食べてるんだ? と疑問を覚えたほど。あと、こっちは土日の午後とかだったかもしれないが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の外伝と劇場版両方、とくに外伝は静まり返った中で時おり啜り泣きが聞こえるなど、いい意味でインパクトある環境だった。

 

映画館の立地の問題もあるのだろうが、こう考えるとそこまでメジャーではないアニメだと客層がいいのだろうか? そういう映画には若い男女が多く、彼らは行儀いい傾向にあるのか? わからないがそういう映画に(地雷率の高い)おっさん一人客が少ないのはたしか。別に笑い声上げたり物食ったりは全然気にしないしいいんだけど、異音*1はマジで勘弁してほしい。音は防ぎようがないので。臭いも同じだが、俺は年間通じて鼻炎で常に鼻が詰まっているし今はマスク社会なので気になったことはない。変な客といえば昔シネマカリテで『21世紀の資本』を見たとき、横のおっさんがいちいちあーでもねえこーでもねえと延々スクリーンに向かってコメントし続けるってことがあって(サッチャーを罵倒したり)若干の狂気を感じて怖かった。

 

こんなふうに人様にあれこれ文句つけてる俺も自分で気づかぬうちに迷惑な振る舞いに及んでいる可能性なきにしもあらずだが。客ガチャ外れると映画熱も冷めるが、今月は『スペンサー』も『オカムロさん』も『アムステルダム』も劇場で見たいし*2また来週も文句言いながら映画館へ行くのだろう。俺も少し狂ってるのかもな。

 

 

 

*1:爪の音やビニール袋ゴソゴソとか

*2:配信で見ると集中できない。やっぱり映画館の設備や暗闇は価値がある