206分でも最後まで飽きずに見られた 映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』感想

上映時間がやばい。206分。でも『アイリッシュマン』が209分だったから少しだけ短くなっている。誤差の範囲だが。『アイリッシュマン』は退屈で途中何度もうとうとしてしまったが本作は終盤で少しだれたものの(要らなくねえか? と思えるシーンがいくつか)最後まで寝ずに楽しく見られた。というか、今年のベストに入るいい映画だった。俺は上映時間7時間の『サタンタンゴ』を映画館で見ている*1。その経験も踏まえて言うと途中休憩なしの上映の場合3時間がひとつの区切りかなと。集中力が切れてくるしケツも痛くなってくる。他の観客の動向からもそれが窺える。飽きずに見られたのは主演二人の演技のおかげ。クズ人間二人のクズ言動を見続ける3時間半。ただし一人は馬鹿、もう一人は狡猾とタイプは真逆。あと、前半で何度か出てくる光の表現が美しくて見応えあった。

 

1920年代のアメリカで実際に起きた事件の映画化。先住民オセージ族の土地から石油が出て彼らは巨万の富を手にする。その金を奪い取ろうとする白人たちの物語。事件に関しては以下に詳しい。

news.yahoo.co.jp

 

原作の邦訳も出ている。あまり読めていないが早川書房のノンフィクションって面白そうなのが多いイメージ。

 

上の引用記事ではわずか数年間で受益権を持つ60人が殺害されたとあるが、映画でも次々と、いとも軽く殺人が行われる。すべては金のため。狂ってる。首謀者のヘイル(ロバート・デ・ニーロ)とアーネスト(レオナルド・ディカプリオ)だけじゃない。村に住む白人たち皆がオセージ族から金をふんだくることしか考えていない。嘘をついて高額な車を買わせたり、ぼったくり価格をふっかけたり。そしてそのことに一切罪悪感を感じていない。先住民は自分たち白人より下の存在だとナチュラルに見下している。下だから奪ってもいいんだと。

 

主人公のアーネストは受益者の一人である先住民の女性モリーと結婚して相続権を得る。モリーには姉妹がいたから邪魔になる彼女たちを次々排除していく。と言ってもアーネスト本人は顔がいいだけが取り柄の優柔不断な馬鹿者なので、村の「王」である伯父ヘイルの指図に従っているだけ。このヘイルが物凄い。自分はオセージ族の友人で彼らのためには何だってする、みたいなことを堂々と大勢の前で語っていながら、実際には裏で次々に殺人を犯していた。息をするように嘘をつく。しかも抜け目なく用意周到。本物のサイコパスだろう。こういうキャラクター、見覚えがある…と既視感を覚えながらスクリーンを見ていたのだが、終盤になってようやく思い当たった。『ゲーム・オブ・スローンズ』のリトルフィンガーだ。嘘をつきまくって周囲に対立と混乱をもたらす本物のクソ野郎。デ・ニーロがハマっていた。史実ではヘイルは一連の事件で終身刑を宣告されるも20年かそこらで出所し*2、その後90歳近くまで生きたらしい。彼に殺された先住民たちはそんな高齢まで生きられなかったというのに。

 

西洋の白人たちは先住民を自分たちより知的に劣る存在と見下していたが実際には彼らの方が知性が高かった、との指摘が近頃刊行されたデヴィッド・グレーバー『万物の黎明』にあった。これまでの歴史的常識を覆すような説が続き刺激的な本。違う物差しで生きている人間同士を測れる絶対的な尺度などありはしない。白人の入植者どもは本当ひでえな…と思うものの日本だってアイヌの人たちにしてきたこととか考えるとこの映画の話は決して他人事じゃない。

 

 

 

*1:https://hayasinonakanozou.hatenablog.com/entry/2020/01/01/144716

*2:政治家に金を贈りまくったおかげだがその金はもちろんオセージ族から奪ったもの