中年は常にかったるい。
かすみ目。老眼。
集中力が続かず何事もじき飽きる。
眠りが浅くて夜中に何度も目が覚めるから起きても体からだるさが消えない。
ちょっと階段を登ると動悸がすごい。
歯がすり減って噛み合わせが悪くなり食事中に舌を噛むことが増える(めちゃくちゃ痛い)。
毛髪が細くなり量が薄くなる。寂しい。
加齢臭。
寝起きの口の臭さ。
腹や腰回りにつく頑固な贅肉。
これまでしてきた髪型やファッションが加齢により似合わなくなってくる。
鏡に映る老けた顔。嚥下の動作をすると喉が皺だらけになる。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、感覚の衰え。世界と自分との間に薄いベールを引かれた感じ。
感動する能力の欠如。何に触れても鈍い。もうバッハを聴いても精神が高揚しない。ラーメンが前ほど美味しく感じない。
一方で沸点は低くなる。ちょっとしたことでカッとなりがち(表情に出さず堪えるが)。
若い女性から異性と認識されない寂しさ。まあこれは気楽でいいことかもしれんが。
ぱっと思いつくだけでも俺に現れた中年の症状はこれだけある。
生きてても何も楽しいことないですね。
今年に入ってから株式市場が好調で1月からの約半年で証券口座の資産は手取り年収に匹敵するくらい増えたけれども、その数字を見ても気分が上がるでもない(贅沢な話だが)。ああ、そうかと思うだけ。
今は、人生が楽しくある必要はない、と考えて自分を慰めている。
ただ粛々と生存を続けよう。
先日、phaさんの『パーティーが終わって、中年がはじまる』を読んだ。
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ブログでは中年をテーマにした選書がされている。
『中年の本棚』『ぼっち死の館』、どちらもとてもよかった。
影響されて自分も5冊選んでみることにした。
松浦寿輝『半島』
今で言う早期リタイアを果たした50代の大学教師がどこともしれぬ半島の町で不思議な出来事に遭遇する、という話。一時は桃源郷のようにも思えた町なのにそこで蠢く人間たちの思惑が明らかになるにつれホラー的な展開を見せる。怖い。
ある登場人物が主人公に言う。中年になるとこの世のからくりが見えてきてもう楽しいことなんて何もないように思える。現実は索漠としているだけに見える。子供の頃に感じた世界に対する不思議の感覚なんて微塵も感じられはしない。…ところが、
「ところが、その先があるって話なわけさ。いよいよ人生の陽射しが傾いて、あたりが薄暗くなってくると、どこからともなくまた不思議が戻ってくるんだよ」
この小説の主人公みたいな目に遭いたいとは思わないが、「また不思議が戻ってくる」、この言葉はいい。生きる希望になりうる。最近オカルトやスピリチュアルに関心がでてきていて、そういうのを頭から信じることはできないし嗤う意図がデカいんだが、心霊写真やら怪談やらの目に見えない世界が好きな子供だったので(俺が子供の頃はオカルトブームだった)アプローチは多少変わりつつその頃に回帰しているのかなあと言う気がしている。不思議、また俺の人生に戻ってきてくれないだろうか。
いや、不思議はいつだって世界に満ち満ちているんだ、きっと。俺の感じる心の側に問題がある気がする。
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増田みず子『理系的』
19年ぶりの新刊『小説』に続いて刊行されたエッセイ。『小説』では執筆から離れ、近所のスポーツジムで運動して健康を維持している近況が述べられる。そしてそこで指導してくれるずっと年下のインストラクターに恋をしてしまったとも。いい話。
『小説』からさらに少し後に書かれた『理系的』所収のエッセイではその恋も落ち着いたらしい様子が窺える。
かつて小説を読むことが大好きで小説家になった人が、今は小説を書かずとも普通に生きているだけで楽しい、と言う。最近になって書かれたものが以前より前向きな内容なのは運動によって体力がついたからのように見える。気力を維持するのに体力は大事。体力を維持するのに運動は大事。
十九年ぶりに新しく小説集を出しました。自分では、これまでに出した三十冊くらいの小説のなかで、いちばん好きです。昔の自分が読んだら、なんというかわかりませんけど。以前は、嫌いな人やいやなことばかり書いていたみたいな気がします。今度のは、好きなものを探すやり方で書いたみたいな気がします。
(略)
いま、自分が高齢者ではなくて、若者だったら、ぜんぜん違うことを思うのだろうし、円城さんの小説を読んだ感想もたぶん違うんだろうと思います。わかろうとしなかったと思います。わかる気もしなかったろうと思います。未来を心配することもなかったんじゃないかと思ったりします。一度しか生きられないことが、大事なんだろうと思います。
長く生きたからこそ得られる変化、味わえる醍醐味というものがあるのだろうか。
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ルーツ『ルーツレポ』
おっさんになると好奇心が減るし何をするにも億劫になる。知らない場所へ出かけるとか知らない体験をしてみる機会ってめっきり減る。ひとりものだととくに外出する機会がない。で、休日には出かけるより家で酒飲んでる方がいい、となる。一人で家にこもってダラダラ酒飲んでたって楽しくはないのだが楽だからそうしてしまう。
知らない場所へ行ったり初めての体験をするってのはとてもいい脳への刺激になるのではないか。
この漫画は同じくおじさん(と言っても俺よりずっと若そうだし結婚して子供もいるが)の著者があちこち出かけてその模様をレポするというもの。ガワが美少女なので読んでいてむさ苦しさがないのが素晴らしい。
紹介されるのは餃子フェス、目黒寄生虫館、はとバスツアー、ボートレース、伊豆大島、スキー場、蔵元見学、登山、キャンプなど。関東近辺在住ならそれほどコストがかからず楽しめそうな行き先ばかりだが何もこの漫画をなぞる必要はない。自分の近所で何かしら見つけて行ってみたりやってみたりすればいいのではないだろうか。本書で真似すべきは内容ではなくその精神。
俺も今年は出かけるようにしてる。すでに熱海行ったり、山登ったり、美術展行ったり、20年以上前に住んでいた祖師ヶ谷大蔵へ行ったりした。文学フリマ東京も行くつもりだったんだが…。今週末は長年行こうと思っていながらずっと行かずにいた宿へ1泊旅行へ行ってくる。体が元気なうちにやりたいことをあらかたやっておきたい。
荒川和久『「居場所がない」人たち』
人間、健康は大事、金も大事、そして居場所も大事。
孤独はよくない。そこに自分だけしかないっていうのは閉塞感がある。
シン・エヴァ制作中の庵野秀明監督のドキュメンタリーで、自分のアイデアばかりで作っても自分の中にあるものしか出せない、それじゃつまらないとスタッフに撮影を任せる場面があったけれども(そう言っておきながら最後は自分でやっちゃうみたいだったが)それと同じように、楽しいこと、嬉しいことって自分の外からしか来ないように思える。中年になれば自分の中にあるものなんてもう知り尽くしているし。おっさんの俺は職場の若い人から先に挨拶してもらえるだけでも嬉しいよ。
独身中年。今は実家暮らしで両親がいるがいずれいなくなる。会社勤めもあと10ン年で終わる。そうしたら俺の社会との接点はほぼなくなる。しかし定年後もゆるく他者とつながれる場はあった方がいいと思っている。それもネット内の関係ではなくフェイス・トゥ・フェイスなリアルの場が。
現代ならネットで探せば趣味の集まりみたいなのは簡単に見つかるだろうからそれに参加してみるとか。
それとも自分で主催してみるか? 映画館でみんなで映画を見てから食事しながら感想を述べ合う会、みたいなのを。
若い頃は孤独上等、他人なんて鬱陶しいだけと思っていたけれど、中年の今は、たとえ仕事ができても、金があっても、誰からも誘われない人生って寂しいな、と思うようになってきた。
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ビル・パーキンス『DIE WITH ZERO』
上が居場所についての本ならこちらは金についての本。有意義な金の使い方指南。
著者曰く人生の宝とは経験とその記憶。なのでそのために有効活用できるのなら金を惜しまず使うべき。金は所詮何かを得るためのツールでしかないのだから。
また経験には賞味期限がある。20代ならできることも40代ではできなかったり十分に楽しさを味わえなかったりする。そして歳をとるほどにこの傾向は強まる。
著者によると定年退職者は概して資産の取り崩しをするのが遅く、退職後の20年間で老後資産の1割程度しか使わないうちに死んでしまうケースが多いという。また退職後も資産を使うどころか増やし続けている人も非常に多い。現役時代、「老後のために貯蓄する」と言って資産を増やしていた人もいざ老後になるとその資産を十分に使っていない。
同じ100万円でも20代と70代では価値が大きく異なる。若いうちは有金全部使えとまでは言わないけれど使うにしても貯めるにしてもバランスが大事。
自分は30代の頃にちょっと金に余裕ができると長期休暇は北海道や沖縄へたびたび旅行した。その旅費をインデックスファンドの投資に回していたら(その頃はオルカンなんてなかったが)今よりもっと資産を増やせていただろう。しかし今振り返って、たとえ資産額は少なくなったとしても、あの当時旅行しておいてよかったと思う。コロナ禍があったり、その後のインフレがあったり、宿泊費が高くなってしまったし、インバウンドが多くて観光地はどこも混雑が増している。今同じことをするとしたらどうだろう。高くつくし、中年になって何するのも面倒なので行く気にならないかもしれない。
生活費を切り詰めて新NISAに全ツッパ、さっさと嫌な仕事からFIREしたいというのも一つの生き方だろうが、一度きりの人生、若いうちにある程度経験にお金を使っておくのもいいんじゃないかなと俺なんかは思ってしまう。金は後からでも増やせるけど失った時間は取り戻せない。それに旅行に限らず体験したことの記憶は思い出すたびに楽しい気持ちを喚起してくれる。
とはいえREはともかくFIは人生の質を上げるのに有効な手立てだと思うので(嫌になったらいつでも辞められると思いながら会社勤めができるのはさぞ愉快だろう)、使いつつ貯める・増やすのバランス感覚を若いうちから鍛えておくのがいいのだろう。hayasinonakanozou.hatenablog.com
以上、回帰する人生の不思議について、長く生きることで得られる人生の醍醐味について、体験について、居場所について、お金について、それぞれ示唆が得られるだろう5冊を挙げてみた。
同世代の中年の皆様の、今後の人生の参考になれば。