空気清浄機のフィルターを交換する

自分が使っている空気清浄機はシャープのFU-A51というやつ。調べると発売日が2011年。そんなものだろう。2011年の夏頃まで自分は一人暮らしをしていた。二階建て2DKのメゾネットタイプのアパート。築浅で、家賃も駐車場込みでワンルームより5000円程度高いくらいで済むいい物件だった。おそらくは駅から遠く、スーパーやコンビニへ行くにも車がないと不便な立地だったせいだろう。アパートは自分の部屋を含めて6室あり、他の部屋は全て家族で住んでいたように思う。当時自分は、拘束時間が長い割には薄給で、不規則な勤務体系の会社に勤めていた。職場の人間関係、少ない休日、少ない給料に嫌気が差していたが、他に行くあてもなく惰性で働いていた。いや、残業が80時間を超えると、人間は考えることができなくなる。嫌だ嫌だと思いながら出勤するため部屋のドアを開け、「帰りてえ」と呟きながら会社のドアを開ける、これを繰り返すだけの存在になる。この会社を辞めたのは2011年の春。震災が起き、自分も家族も埼玉在住なので全く被害はなかったのだが、連日テレビ放映される被災地の惨状を見ているうちに、人生は一度きりとの感が強くなり、衝動的に退職願いを上長に提出して会社を辞めた。多分貯金は100万もなかったと思う。リーマンショックと震災で求人はほとんどなく、どうして暮らして行く気でいたのか、今振り返ると己の無鉄砲さが怖くなり、呆れもするが、とにかく辞め、ハロワで離職の手続きをして、数自体少なく中身もひどい求人検索を繰り返しながら、時に応募し、何もなければアパートに帰ってネットを見て、テレビアニメを見て、たまに本を読んで、煙草を吸って過ごした。不要な本などをマケプレで売り、これがだいぶ生活費の足しになった。年に一度の五連休の他は週二日の休みしかない職場だったから、勤めている間は、会社を辞めたらどこかへのんびり旅行に行きたいなどと夢想していたものの、いざ辞めてしまえば元からない金を旅行などと言う贅沢に使えるはずもなく、出掛けるのも億劫で、この時には「失われた時を求めて」全巻を所持していたのだから、読書に興じて精神だけでも旅させ遊ばせればいいようなものの、日々減っていく一方の預金残高と、見通しの一切立たない未来に、不安と焦燥を掻き立てられ、とてもではないが読書に没頭するような心の余裕などなかった。自分は小心者のくせに無鉄砲なところがあり、こういう人間は心に余裕がなければ遊びを楽しむことはできないのだとこの時知った。結局無職を半年ほど続け、金がいよいよ尽きる直前、2011年の夏にアパートを解約し、近くの実家に逃げ帰った。この時35歳だった。そして42歳の今日までずっといる。子供部屋おじさん。自分が挫折して実家に帰った同じ頃母親が脳梗塞で倒れて入院し、それをきっかけに認知症を発症した。帰るのにいいタイミングだった…と言えば自分の行為を正当化するための言い訳に過ぎなくなる。しかし自分なりに家族の役に立っている面もあると思う。集まって生活してコストを減らし、何事であれシェアし合う、これが弱者の生存戦略ではないか。実家に帰って一年四ヶ月後に運よく近場に新しい職場が見つかり、何とか紛れ込み、今もまだ勤めている。

 

前置きが長くなり過ぎた。空気清浄機だった。自分が実家に帰った時、この空気清浄機が、電源を入れられることもなく、埃をうっすら積もらせ、リビングの隅に置かれていたのを、使わないのももったいないので自室に設置した。2012年か、もしかしたらもっと早いか。とにかくそれからずっと、8年か9年か、ほぼ毎日、この空気清浄機は自分の部屋で稼働してきた。正直なことを言えば、プラズマクラスターがどの程度、自分の部屋の空気を清浄にしてくれているのやら分からない。どのくらい清浄化効果があるのか。まあ外から自室に入って臭いと感じたことは一度もないので多分効いているのだろう。過去に二回くらいフィルターを水洗いした記憶がある。取説には、フィルターは10年使えると書いてあった。10年。いつだったか、これを読んだとき、ではフィルターを交換する時は本体を買い替える時だろうなと思ったのを覚えている。しかし結局買い換えることなく今日まで来た。一度、カラカラと変な音がするので分解したら、中に入っているボックスみたいのが外れていたのでテープで再度固定した。この前の日曜日、数年ぶりにフィルターを洗おうとして外したところ、あまりに黒く、カビじゃないのか、流石にここを通った空気では清浄ではないのではと思い、Amazonにて純正品を購入した。4000円くらいだった。届いて、並べて、色の違いに驚く。10年交換不要というメーカーの説明は、いくらなんでも強気すぎるのではないか。

 

f:id:hayasinonakanozou:20200921000310j:plain

8年だか9年もの黒ずみ。純白のフィルターがこんなに汚れるまでの年月。自分が、前の職場を辞め、金が尽きて一人暮らしに挫折し、実家に逃げ帰ってきてから今日までの年月。こんなになるまで自分の部屋の空気を清浄にするために頑張り続けてくれたのだ。新品に交換したのだから、再び自分の部屋の空気は素晴らしく清浄になるだろう。問題なく稼働するのだから、FU-A51にはまだまだ現役続行してもらう。今度は2年かそこらで、ある程度汚れを確認したら交換する。製造から9年が経過した今日でも、消耗品が購入できるのはありがたい。