大島新監督のドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』は面白かった。とくに関係者以外知ることのない選挙の舞台裏や人間模様を興味深く見た。乗っている人たちも選挙カーがうるさくて迷惑なことや一般道を徐行して危険なことを自覚している。商店街を回って握手を求めれば家族の前で人格批判されることもある。子供の前で「腹の中は真っ黒じゃねえか」と罵倒されるのはいくら公人とはいえきついだろうに、「ありがとうございます」と返さなくてはいけない辛さ。ああいうこと、たとえ思っていても娘たちがそばにいるんだから控えるのが配慮だと思うが、いや、小川議員なら言ってもらってありがたいと感じるだろうか。小選挙区で落選すればまず後援会の人たちに頭を下げなくてはならない。一番辛いのは自分なのに。いやー選挙ってきつい、普通のメンタルじゃとてももたない、立候補する人は凄い、当選する人はさらに凄い、というのが映画の感想。小川淳也議員の清廉さ、頑固さも見ていて伝わってきた。永田町の権力闘争に翻弄されて葛藤する場面は見応えがあった。政治の世界は複雑怪奇なことこの上ない。富と権力の集中する場所だからそうに決まっているのだが。
永田町にいる人は総じて野心家が多いし、精神構造がマッチョというか、成長とか、お金とか、権力とか、そっちの側に振れている人のほうが相対的には多い感じがしますね。
本書より。そうでなきゃもたない、というのもありそう。 誘惑が凄そう。
映画が面白かったからYouTubeで関連動画も見た。映画館で観客と質疑応答するのと、スペシャルトーク第一弾というやつ。前者は小川議員の人柄が、後者はコロナ後の政治の展望が知られて面白かった。ただ小川議員の提唱する政策に関しては映画でも動画でもほぼ紹介されなかったので、志が高く清廉なのはわかった、でも政治家としてのビジョンはどうなんだろう、という疑問があった。本書を読んだのはその疑問にインタビュー形式で答えているらしかったから。
で、実際読んでみると、政策の部分に関しては、こちらの頭の問題もあるが記述が単調でどうも読んでいて退屈だった。社会保障の無償化およびベーシックインカムの導入、その財源としての消費税25%、化石エネルギーおよび原子力エネルギーから太陽光エネルギーへの転換、定年制の廃止、 世界各国からの訪日のハードル引き下げなど、まだ政策案だからというのもあるかもしれないが結構ざっくりな部分が多くて、たとえば所得税・法人税・相続税を適正化とはどの程度「適正化」するつもりなのか、男女間の賃金格差や雇用格差を是正とはあるけれど今ある経済的な格差についてはどう考えているのか、とか…いやインタビューのパートはほぼ流し読みしかしていないから読み落としているかもしれないけれど、今多くの国民は経済問題が改善されることを願っているのだから経済格差是正についてもっと突っ込んで聞いたり答えたりしていてくれたらよかった。エネルギー問題はたとえば自動車がそうだが海外メーカーが電気メインになれば日本だって変わらざるを得ないわけで。人口ピラミッドの推移を見ると現在の日本が衰退しているのは明らか。小川議員も言っているように右肩上がりに成長し続けていた時代が特異だったのだろう。現在の政財界の権力者たちはその特異な時代を経験しているからあの時代にとらわれ過ぎて、その再来を夢見てやれ五輪だ万博だと躍起になるのだろうが、氷河期世代としては感覚がズレているとしか思えない。大不況の中、世の中に放り出された世代である。
政策のビジョンを知りたいと言いつつ提示されればついていけないのだから世話はない。ただ、政策インタビューをしている聞き手(現代新書編集部)もあまりうまい聞き手でないような気がする。書き起こした文章も読みづらいのがあったり。正直読んで面白い内容ではない。でも「党議拘束」や、国会で野党が与党のスキャンダルばかり追求している(ように見える)理由を知ることができたのはよかった。本書で面白いのはむしろノンフィクション作家中原一歩氏による小川議員その人についての記述の方。編集部もわかっているから、インタビューと人物のパートを前後編に分けて交互に構成したのではないか。
ポレポレ東中野での動画を見るとよくわかるが小川議員のトークスキルは凄い。政治家ってこんな弁舌巧みなのか、いやその中でも群を抜いているんじゃないかと思う。政治の言葉が軽い、虚ろだ、みたいな言説をよく聞くけれど(本書にもそういう指摘がある)、この人に限ってはそういうことはない。ただ、それが現実の政治の世界ではともすれば上滑りしてしまうような気もする。たびたび指摘されているが、もしかしたら小川議員は、政治家より教職の方が、人々を啓蒙していくような職業の方が適性が高いのかもしれない。人物のパートは面白い。普通の家庭に生まれ育った小川少年が父親の教育・影響から官僚になるまで。全国模試の日程を変えてもらったエピソードに、やっぱりちょっと普通と違うな、と思う。官僚時代のブラック労働ぶりは常軌を逸している。
「毎晩、帰りは深夜2時過ぎで、タクシーを飛ばして官舎のあった千葉県習志野市に向かうんです。残業代は出ません。当時の年収は400万円台だったと思うのですが、年間のタクシー代は600万円を超えていました。深夜の交通費の手当の上限が2万円。そして、この手当は年間300日までと決められていましたが、すべて消化していたことをはっきり覚えています。数時間、体を横にして仮眠をとる。でも午前10時には机の前にいなければならないので、今度は午前7時に飛び起きて朝の満員電車に揺られる。肉体労働の究極というものを実感しました」
やばすぎる。これが日本を支えている官僚の実態だったというのだから暗澹たる気分になる。他にも公務員の労働について最近読んだな…と思ったら以下のだった。こちらは地方公務員の非正規雇用の話だが。進まぬ働き方改革。
「50歳になったら政治家を潔く引退する」と初出馬の際に公約した小川議員は今年で50歳になる。本書にその公約に対する答えが書いてある。まあそうするだろうと思っていた部分と、ずいぶん大胆に行ったな、という部分と半々。ただ「統計王子」として注目されたり、映画が上映されてヒットしたりと明らかに今追い風が吹いているので、今年秋の総選挙が勝負どころだろう。総理大臣を目指すなら公約的にも、注目度的にもラストチャンスかもしれない。同じ香川一区の自民党の平井大臣は今炎上しているし、彼が立候補したとしても前回の結果を踏まえれば小選挙区で勝てる見込みは十分ありそう。ただ総理大臣になれるかどうかは…。立憲民主党のある幹部は小川議員について、「一匹狼」「党のためにどれだけ尽力してきたかは疑問」「ここ数年、多少の知名度が出たからと言っても野党第一党をまとめるほどの力量はない」とシビアな見方。さてどうなるか、どうするか。秋の選挙がちょっと楽しみ。