夏の郷愁、あるいは感傷と追憶のインターネット

6月半ばというのに雨はろくに降らず、連日30度を超える夏日が続いている。

夏といえば、今はすっかり疎遠だが、2ちゃんねるまとめサイトの夏画像スレを好んで見ていた時期があった。

こういうの。

mamesoku.com

とっくに更新は止まって久しいが、まめ速は露骨なPV稼ぎの煽り記事みたいなのがない、品のあるまとめサイトだから好きだった。

 

長い間、夏画像を見ると郷愁が込み上げてきて切なさを覚えたものだった。入道雲、海、白いワンピース、麦わら帽子、半袖の制服、放課後のひとけのない教室、遠くから聞こえる吹奏楽部の演奏、グラウンドから聞こえる運動部のかけ声、ヒグラシ、ひまわり、浴衣、花火…。ブルーライト*1な「象徴」が次々に連想され俺の古傷(架空)が疼きだす。今も昔も陰の者、エモエモな夏を過ごした経験なんてないのに、想像が妄想となって膨れ上がり、ありえたかもしれない過去を捏造するのだった。幼なじみの少女か年上の従姉に淡い恋心を抱いていた、美しく、ほろ苦い、ひと夏の記憶を。

 

そんな感傷的でマゾヒスティックな快楽に溺れるのが可能なのも若いうちだけである。40歳前後から感性が衰え、夏画像を見ても何も感じなくなった。見すぎたせいもあるかもしれない。生命の危険すら覚えるほどに暑い現実の夏は言うまでもなく、概念としての夏にさえロマンを感じる感性は失われた。小説や映画に全身全霊でのめり込めなくなったのと同じ老化現象だ。かつて空想した幼なじみの少女や年上の従姉はもう死んだ。

 

大抵の夏画像スレに登場する定番ともいうべき写真がいくつかある。その中にとくに好きだった写真が3枚あった。

以下転載。問題あるようでしたら削除します。

 

この3枚の共通点は何か。女の子が写ってる…はそうなんだけどそれは措くとしてロケーションが素晴らしい。いかにも夏って感じがする。とくに3枚目。古びた駅名表示がえも言われぬ情緒を醸している。そして3枚とも女の子たちの表情が見えないことが却って想像力を刺激するというか、「物語」を感じさせる。ドラマのワンシーンだとしても違和感がない。

 

これらの写真が撮られた場所はどこか。今更といえば今更だが調べてみた。

 

1枚目は神奈川県鎌倉市。七里ヶ浜へ至る坂道。ここは調べるまでもなく知っていた。ストリートビューで見てみるとこんな感じ。

Googleマップより

画像中央あたりにモデルが立って、それを望遠レンズで撮ったのではないかと思われる。この写真は創作だろう。女の子が乗っているのは小径車。坂道が多い町で通学用として乗るには不自然だ。それにしても望遠レンズの圧縮効果はすごい。肉眼だったら1枚目のようには見えない。写真のマジック。ここ、かなり以前に一度行っている。うろ覚えだが写真のような素晴らしい景色が見られるものと期待して行ったらそうでもなくて落胆した記憶がある。過去の写真フォルダを探しても出てこないので自分では撮らなかったのかもしれない。そのときに撮ったのだったか、鎌倉高校前駅の写真なら見つかった。2013年。

最近はスラムダンクの聖地として外国人観光客が大勢訪れているとか。鎌倉や江の島、観光地として好きだし圏央道が繋がって埼玉から行きやすくなったから行きたいんだけど、小町通りといい江ノ電といい混雑するとわかっているから行けない。

写真の初出については不明。2006年頃にはネット上にアップロードされていたようだ。

 

2枚目。場所は佐賀県唐津市。JR唐津線の鬼塚駅。ここ、調べて驚いたんだけど駅の前に広がるのは海ではなくて松浦川という川。てっきり海だと思っていた。ストリートビューだとこんな感じ。

Googleマップより

写真で見るよりだいぶこじんまりしている。ストビューの画像と写真を見比べると同じ場所なのに全然違う印象を受ける。対岸が写っていないから水の広がりが写真の外にまで広がっているように思えてしまう。この写真もまたマジックだ。

初出は以下のブログ。2005年撮影。

www.sanzai.net

 

3枚目は駅名が書いてある。北海道小樽市。JR北海道函館本線の張碓駅。この駅は2006年に廃駅となり駅舎とホームが解体された。石狩湾に面した秘境駅でありストリートビューでは見られない。wikipediaによると明治時代に炭鉱鉄道の駅として作られたのち、海水浴客が訪れる夏季限定の臨時駅となるも、駅から海へ行くのに線路を横断しなくてはならないため人身事故が絶えず、やがて臨時駅としても使われなくなり、2006年のダイヤ改正に伴い廃駅となった。

写真の初出は以下のホームページ。1997年撮影。

moving.la.coocan.jp

 

現在の張碓駅跡の様子は以下の動画で見ることができる。0:30あたりに映る海水浴客の写真はインパクトが強い。そりゃあ人身事故起きるわ。というかJR北海道*2がよく立ち入りを許可したものだ。令和の今では考えられないおおらかさ。

www.youtube.com

 

10年か15年かあるいはそれ以上前からこの3枚の写真に惹かれてきた。今回この記事を書くにあたって画像検索により2枚目、3枚目を撮影した方のブログ、ホームページを見つけられたのはよかった。どちらも久しく更新されていないが、まめ速同様、インターネット上に残っていてくれているのがありがたい。

 

一時期、インターネットには無限のアーカイブ性があると期待された。一度発信された情報は永遠に保存され、いつでも誰でもアクセスできると。後になって管理やコストの問題からそんなのは夢物語だったと判明するのだが。

 

PV稼ぎの誇張や煽りやフェイクやヘイトまみれの情報が跋扈する2025年のインターネットに慣れた目には、個人が自分の趣味を探求し、体験や知見を発信している2000年代のブログやホームページのシンプルさが清々しく見えた。

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

 

人が撮った写真ばかりでもアレなので自分が撮った写真からノスタルジックな夏を思わせるようなのを挙げるとしたらこれかな。

JR四国予讃線の下灘駅。1999年の青春18きっぷのポスターで知られるようになったが、俺が行った2013年はまだ知る人ぞ知るって感じで訪れる人は多くなかった。少なくとも俺が行ったときは単独の数人しか来ず、来てもすぐ去ってしまって、ベンチを思う存分独り占めできた。よく「海に一番近い駅」と言われるけれど、実際には海との間に国道があり、結構距離が離れている。

 

Googleマップより

わかりづらいけど画像左の高台にあるのがホーム。上の写真と見比べると印象が変わるのではないだろうか。Xで検索すると今は観光客が大勢来るみたい。有名になりすぎる前に行けてよかった。こういうローカルな場所に人が押しかけてるのを見ると興醒めする。

会社勤めだと夏季休暇は学校の休みとかぶるからどこへ行っても大抵混雑するので、というかそもそもそこへ行く道中の新幹線なり高速道路なりからすでに混むから、人混みが大嫌いな自分は夏はあまり遠出しない。だから夏の旅先の写真はほとんどない。

 

加齢により概念としての夏にノスタルジーを感じられなくなったのは寂しい。喪失感がどういうものだったか、頭ではなんとなく思い出せても実感できない。死んでしまった大好きな犬の写真を見ても懐かしさとその不在に寂しさは覚えるものの、悲しくはならない。かつては胸を抉られるようだった『秒速5センチメートル』が今では退屈に思えてしまう。これが中年だ。わが心、石と化す。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

郷愁や感傷の甘さには賞味期限がある。でも中年になっても追憶は楽しめる。あの頃はああだった、こうだったと思い返してしみじみする楽しみは今も残されている。そして年をとるごとに思い返す材料は増えていく。人生、最後に残るのは思い出だとも言うし、後から振り返る楽しみのために今色々やってみる生き方はありだと思う。独身中年の生きる意味って、将来の追憶くらいしかないんじゃなかろうかという気もする。