ブックオフせどり黄金時代の記録──吉本康永『大金持ちも驚いた105円という大金』を読んだ

 

 

還暦間近の予備校教師によるブックオフせどりの記録。2007年当時、著者は事業の失敗と複数の不動産購入により毎月の40万円のローン返済を抱えていた。そこへリーマンショックによる不況と少子化による勤務先の経営難が重なって収入が大幅にダウンしてしまう。もう自己破産しかないと思い詰めるが、偶然アマゾンのマーケットプレイスで本が売れると知り、お試し感覚で出品した本が翌日売れたことからマケプレでの中古本販売に活路を見出す。初めは蔵書を売っていたがすぐにタマが尽き、本格的にせどりを始める。仕入れ先に選んだのがブックオフ。予備校での授業のかたわらブックオフへ頻繁に寄って売れそうな本をせどりする。しかし本は好きでも古書に詳しくはない著者は、どういう本が高く売れるか判断がつかない。自分の好きな作家、著名な作家のものを選んでもそういう作家の本は出回っており競合するから高く売れない。模索していたある日、ISBNを打ち込めばマケプレでの相場が表示されるという携帯電話(スマホではない)の無料ツールを知る。これを頼りに売れそうな本をせどりしていく。

 

本書は2007年から2009年までのせどりの記録である。先日読んだ『ブックオフ大学ぶらぶら学部』によると、2000年代後半から2010年代前半はまだブックオフの値付けがおおらかで、100円棚にお宝が眠っていたり、定期的に大幅値下げセールが実施されるなど、せどらーにとって恵まれた時代だった。せどりに関する情報が少しずつネットに登場しはじめ、しかしまだスマホ普及前だからする人は少ない。バーコードリーダーもない。2021年から振り返ると、本書に記録されているのはブックオフせどりの黄金時代かもしれない。本書の終わり近くで、著者はブックオフせどりがやがて困難になっていくだろうとの危惧を記している。それは現実となった。ブックオフはせどらーを排除すべくバーコードリーダーの使用禁止や相場を参考にした値付けをするようになった。この方針によってお得感がなくなってせどらーのみならず一般客まで離れてしまい、今や店舗を減らしつつあるというのは皮肉な結果だが。少し前だったか、レンタル店のTSUTAYAが店舗を減らしているというニュースを読んだが、ブックオフといいTSUTAYAといい、郊外や地方住民の本や映画や音楽といったカルチャーへの飢えを満たしてくれた企業が、ネット通販や配信サブスクにおされて姿を消しつつあるのは時代の趨勢だろう。

 

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せどりはかなりの重労働である。著者のある一日を引用すると、

 それで、気をよくして、その年の秋のある日、午前八時に家を出て、上信越自動車道を利用して長野市に向かい、長野市で四店、更埴市(現千曲市)で一店、上田市で二店、小諸市で一店と、計八店のブックオフに日帰りでせどりに向かいました。せどり開始が長野市ブックオフの午前10時の開店時、せどり終了が小諸市の午後10時の閉店時。実働10時間の強行軍。

 へとへとに疲れながら、せどりした本は約300冊。帰路の上信越自動車道走行中に見上げた星空に秋の月が煌々と輝いておりました。

これはかなり熱心な一日の例だが、それでも休日のたびに群馬県内(著者は高崎市在住)の店舗や埼玉県の店舗をはしご・遠征している。著者は「自動車に興味もなく、運転も好きでない」という。自分が読みたい本ではなく売るための本を探しに行くのだから仕事であって、運転が好きでないのにドライバーの仕事をしているようなものだと考えるとそりゃ苦痛だろう。面白いのは、せどり仕入れる本は基本的に自分では読もうと思わない医学書や理工系の専門書の類がメインだという話。そういう本は定価が高いから売るときも高めに値付けができ、専門職の人が求めるから一定の需要が見込めるとのこと。「一度も読んだことはないが十冊は売った」みたいな文章が幾度か出てくると、商売だよなあ、と感心する。やがて売り上げが一日何十万円という規模になると古物商許可を取得する。

 

二年間での売り上げは1700万円。しかし利益は半分くらいだという。アマゾンに払う手数料、送料、車のガソリン代や高速料金などを考えたら利益率はそんなものか。昨今、転売目的で買い占める転売ヤーの是非が問われることが増えた。基本的に転売ヤーは叩かれる存在である。コロナウイルス第一波の頃のマスク買い占め・転売は大きく報道された。著者もまた転売ヤーと言えるだろうが、しかし本書を読んで転売ヤーに感じるような不快さを感じることはなかった。むしろ応援したくなった。それは著者の人柄によるところが大きい。「試験で必要な参考書だから至急送ってくれ。追加で送料が必要なら別途払う」というメールを寄越した購入者に対して、そのメールを見るなり梱包し自腹で宅配便で送ったり、高額品の購入者へは指定されなくても送料の高い宅配便で送ったり(これは配送記録の絡みもあるのかもしれないが)、同じくせどりをしていると思しき人を見かけると声をかけたりといった人のよさがあるのだ。そういえば2000年代半ば頃は、マケプレヤフオクで本を買うとたまに出品者手製のしおりや感謝を伝える手書きのカードが同封されていたりして、今振り返るとずいぶん牧歌的な時代だった。著者もおそらくはそういうサービス精神溢れる、人情味のある出品者の一人だったのだろう。

 

自分も一時期マケプレで本を販売していた時期があった。せどりではない。手持ちの蔵書を売っていた。2011年の震災後に会社を突発的に辞め、無計画だったので貯金はわずかしかなく、生活費の足しにするためにである。半年くらいの間に50冊くらいは売れただろうか。品切れまたは絶版の本をいくらか持っていたので出品すると、買ったときより高く、物によっては数倍の価格で売れたりして金銭的に助けられた。当時はスマホの普及前だったからメルカリもなかった。今だったらメルカリで売るだろう。でもヤフオク初期もそうだったが、マケプレも2011年頃は出品すれば工夫せずとも簡単に売れた。マケプレにはその後何年か惰性で出品し続けていたが、二年くらい前からあまりにも動かないので止めてしまった。また気が向いたら今度はメルカリにでも出すかもしれない。以前のように切羽詰まってはいないので蔵書の整理がてら少しでも金になるのなら売る、というスタンスで。

 

著者は若い人がせどりを副業としてやるならいいが、専業でするのは薦めない。その理由として、

 私のようにローン地獄に追い詰められてせどりを始めた素人から見ても、現在、どこのブックオフの店に行っても、105円の棚に並べられた単行本、新書・文庫のレベルは限りなく落ちています。はっきり言えば、もうツブシ本すれすれの本ばかりです。その中からアマゾンでせめて300円とか、400円とかで売れる本を探すのも以前に比べ厳しいものになっております。

 まして、1000円とか2000円になる本を探すのはもう灰の中からダイヤモンドを探すような行為に似ています。

 同じことを書きますが、せどりをしていると、一日だれとも話さず生きていくことも可能です。ある意味、それは楽といえば楽でしょうが、違う意味で若い人にとってはきっともっと重要な個人としての社会性を失っていくような危惧を覚えてしまいます。

せどりをやっていたからこそ身につく技能があるわけでもないし、将来的なことを考えるとたしかに厳しいな。

 

2009年の時点ですでに著者はブックオフの品揃えが徐々にせどりに不向きになってきているのを感じている。このあと、スマホが普及して参入者はさらに増え、「ビームせどり」が流行り、ブックオフ側に対策され、ブックオフせどりは下火になっていく。自分も先週末、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』そして本書と読んでいるうちに行きたくなり、一年以上ぶりに高田馬場ブックオフへ行った。しかし一時間近く店内をうろついても買いたいと思える本には出会えなかった。いい本は置いてある。しかし値段が中古のわりに高めに感じられて買うまでに至らない。廃盤の洋画DVDもしっかり相場通りの価格が付けられていた。今ブックオフせどりで儲けるのは厳しそうに思えた。

 

本書が書かれたブックオフせどりの黄金時代は過ぎ去った。スマホの普及、メルカリの登場、ブックオフのせどらー対策などその後の出来事に対して著者はどう対応したのだろう。工夫して今もせどりを続けているのか。気になって検索すると、2011年に亡くなったとのこと。ブログがあったようだが今は閉鎖されている。だからもう本書の続きを読むことはできない。