仲正昌樹『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』を読んだ

 

 本書は政治哲学者ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』と『エルサレムアイヒマン』から全体主義発生のメカニズムと「悪の凡庸さ」について考察する。アーレントユダヤ中産階級の出身で、ナチスによって収容所に投獄された経験を持つ。

この二作を通じてアーレントが指摘したかったのは、ヒトラーアイヒマンといった人物たちの特殊性ではなく、むしろ社会のなかで拠りどころを失った「大衆」のメンタリティです。現実世界の不安に耐えられなくなった大衆が「安住できる世界観」を求め、吸い寄せられていく──その過程を、アーレント全体主義の起原として重視しました。

 

全体主義とは何か。定義は複数あるようだが本書で扱う意味としては、

アメリカをはじめとする西側諸国は、自分たちとは異なる体制──近代的自由主義の成果を否定し、諸個人を大きな共同体としての国家に完全に組み込み、自分のためではなく、国家という共同体のために生きるよう教育することを当然視する体制──の異様さを表現する言葉として「全体主義」を使うようになりました。

個人が国家のために奉仕する、一体化する、大体そんなような認識でいいかと思う。アーレントによれば、全体主義はごく一部のエリートが主導して政治を動かす独裁体制とは異なり、生きていくことに緊張や不安を感じた大衆が、積極的に共同体と一体化することを望むことで生じる。そしてこの体制は「大衆の願望を吸い上げる形で拡大」していく。アーレント全体主義の分析対象とするのはナチスである。そして悪の分析対象はホロコーストである。

 

19世紀、西欧は絶対君主制から国民国家へと政治体制が移行した。ナポレオン戦争により西欧の各国にそれまで希薄だった「国民意識」が芽生え、共同体に強い連帯感が生まれた。ドイツにおいては、

 フランスという強い「敵」に遭遇することで覚醒した国民意識は、国民国家形成の原動力となりました。しかし、「敵」との相違が育んだ仲間意識は、それを維持・強化するために、つねに新たな「敵」を必要とします。身近にいる誰かを、自分たちとは違うものとして仲間外れにしないと、自分たちのアイデンティティの輪郭を確認できないからです。

ドイツ国民連帯のための敵として選ばれたのがユダヤ人だった。もともと故郷を持たないユダヤ人は西欧の長い歴史の中で「異分子」と扱われてきた存在だった。彼らの中には金融財閥を築いたり、宮廷に仕えて国家の運営を担うようなエリートたちがいた。その代表ともいうべき存在がロスチャイルド家で、彼らのような富裕な権力者の存在感が増すにつれ、経済的に恵まれない非ユダヤ系ヨーロッパ人たちは、ユダヤ人たちが秘密結社を組織して政治や経済を影で動かしていると妄想して敵意を募らせていった。社会の中で目立っているのはごく一部のユダヤ人でしかないのに、敵意に凝り固まった人間は悪いイメージをすべてのユダヤ人に適用して憎悪や妬みを増幅させていく。その顕著な例が──『失われた時を求めて』中盤の重要なテーマの一つとなる──「ドレフュス事件」だった。

 

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 アーレントの記述から確実に言えることは、国家を同質的なものにしようとすると、どうしても何かを排除するというメカニズムが働くということです。社会の大多数は自分の今の境遇や考え方に共感してくれるような人たちで、自分にとっての敵は、ごく少数の特殊なグループである。そいつらさえどうにかなってくれたら──。そう思うことができれば、不安な気持ちが少し落ち着いてくる、ということはあるでしょう。アーレントより一世代前のドイツの法学者、カール・シュミットは、「政治の本質は、敵と味方を分けることだ」と言っています。それは現代においても同様です。 

敵国の侵略に対抗するために芽生えた国民の連帯感は、内部の異分子たるユダヤ人を排除することでより堅固なものとなる。政治体制が君主制から資本主義へ移行する時代。更なる経済発展のためには版図を拡大する必要がある。そこで登場したのが帝国主義である。植民地政策は、人間は支配する人種と支配される人種に分かれるという意識(優生学的人種意識)を人々に植え付けた。やがて領土をめぐって世界大戦が勃発する。これに敗れたドイツは領土の多くを失い、多額の賠償金支払い義務を負った。さらに世界恐慌が起こり経済状況は破綻寸前。不安と恐怖に晒された大衆は、安心してすがることのできる世界観と、強いリーダーを希求するようになる。

 ともかく救われたいともがく大衆に対して全体主義的な政党が提示したのは、現実的な利益ではなく、そもそも我々の民族は世界を支配すべき選民であるとか、それを他民族が妨げているといった架空の物語でした。

ナチスドイツ国民に提示した世界観、それが反ユダヤ主義だった。NHKスペシャル映像の世紀』第4集「ヒトラーの野望」では、ナチスには「心を揺さぶる何か圧倒的なものがありました」というヒトラー・ユーゲント団員の手記が引用される。当時の疲弊していたドイツ国民は、ナチスが再起の希望を与えてくれると錯覚した。しかし上記団員の父親は熱狂する彼女に、「連中の言うことを信じるな。連中は狼だ。ナチスドイツ国民を恐ろしい形で誘惑しているのだ」と忠告する。むろんその忠告は興奮した彼女をはじめナチスに魅了された多くの人々には届かない。熱狂と興奮は全体主義を支える大衆の心理状態として特徴的なものだろう。大衆に支持されたナチスはやがて優生学的人種思想に基づきホロコーストを実行することになる。

 

 

ホロコーストという悪。本書によると一般のドイツ人たちはその事実を終戦後に初めて知ったという。1935年にニュルンベルク法が制定されて以降、ユダヤ人たちが徐々に一般のドイツ人たちの前から姿を消していくにつれ、彼らの行く末など誰も案じなくなった。彼らは自分たちとは異なる存在、だから関心もない、余計なことに首を突っ込まない方が身のためだ──心理としてはそんなところだろうか。第二次世界大戦の盛期、ユダヤ人絶滅という「最終解決」の責任者として多くのユダヤ人を絶滅収容所ガス室へと送る指揮をとったのが、ナチス親衛隊の幹部だったアドルフ・アイヒマンである。彼は終戦後アルゼンチンに逃亡して家族とともに偽名で暮らしていたが、1960年、潜伏していたイスラエル諜報機関モサドによって拘束され、翌年エルサレムの法廷で裁判にかけられる。当時アメリカに亡命していたアーレントは志願して特派員となりエルサレムに赴いて裁判を傍聴した。この傍聴記録が『エルサレムアイヒマン』である。

 

何百万とも言われるユダヤ人虐殺を指揮したアイヒマンとはどんな人物だったのか。凶暴で残忍な性格の異常者なのか。事実は違った。彼はドイツの平凡な中流家庭に生まれ、地味な学生生活を送り、卒業後は鉱山や石油会社に勤務した、履歴としては特筆すべきところのない、ありふれたドイツの一男性だった。そんな普通の人が、どうして歴史上例を見ないような大虐殺を平然と実行し得たのか。彼がナチスに入党したのは政権をとる直前の1932年。党の公安部としてユダヤ人団体と接触するうちにユダヤ人問題の専門家としての評価が党内で高まり、昇進を重ねて幹部に、そしてホロコーストの責任者の一人となる。彼がホロコーストの指揮をとったのは個人的にユダヤ人に対して恨みがあったとか、憎悪していたとかの理由ではない。彼にユダヤ人への私怨はなかった。それが上からの命令であり、それが法であったから彼はホロコーストを実行したのだ。アーレントは裁判を傍聴するにつれ、アイヒマンがいかに凡庸な、極めて官僚的な人物であるかを見抜いていく。

 

絶滅収容所におけるホロコーストは何年にもわたって行われた。仮にヒトラーを筆頭にナチスの全党員がユダヤ人に激しい憎悪を抱いていたとしても、ただ憎悪だけを拠り所に来る日も来る日も虐殺行為を行うことは可能だろうか。まず不可能だろう。人間の怒りや憎しみは大抵特定の個人に向けられる。あいつに恥をかかされただの、騙されただの、舐めた態度をとられただの、そういう恨みが募って殺してやりたいほどの憎悪をかき立てることはあるだろう。しかし顔の見えない大多数を、何々人は劣っているからという理由で憎むことはまず不可能だろう。対象が漠然としすぎている。それに怒りとは基本的に瞬間的な感情である。時間が経過するほどに薄れていく。ゆえにホロコーストを維持していたのは怒りや憎しみといった感情ではない。義務であり、命令である。

 

ミルグラム実験によると、ごく普通の人でも権威者に命令されれば他人に危害を加え続けることができる。「自分は本心では嫌だったが命令されたから仕方なくやったんだ」という言い逃れができるなら良心を眠らせてしまえる。アイヒマンの場合も、たしかにホロコーストの責任者という立場ではあったが、もっと上からの命令、総統や党の意向に従っていただけである。命令されたから義務を果たした。アイヒマンにとってはそれが彼の仕事だったからホロコーストを指揮していたのだ。カフカのなんとかという小説に主人公を殴る人物が登場するが、彼は主人公を殴りながら、「俺は殴るのが仕事だ。だから殴るんだ」みたいな台詞を口にする。アイヒマンも同じである。それが裁判で明らかになった、ホロコーストという悪の正体だった。悪を為すのに怒りも憎しみも異常な攻撃性も要らない。それが義務であり、命令でありさえすればいい。アイヒマンのみならず、ホロコーストに関わった多くの党員が、義務としてそれを果たしていた。徹底的に効率を追求しながら、日々粛々と殺人を続けた。

 自分の昇進におそろしく熱心だったことのほかに彼には何の動機もなかった。そうしてこの熱心さはそれ自体としては決して犯罪的なものではなかった。勿論彼は自分がその後釜になるために上役を暗殺することなどは決してしなかったろう。言い古された表現を使うなら、彼は自分が何をしているのか分かっていなかっただけなのだ。

 

エルサレムアイヒマン』 

 

アーレントはしかしこの裁判で別の問題にも気づいた。アイヒマンホロコーストは命令に従っただけでなく法にも従った結果だとたびたび口にしたからである。

 彼のすることはすべて、彼自身の見方によれば、法を守る市民として行っていることだった。彼自身警察でも法廷でもくりかえし言っているように、彼は自分の義務を守った。命令に従っただけではなく、法にも従っていたのだ。

 

エルサレムアイヒマン』 

殺人は法によって犯罪とされ罰せられる。しかしアイヒマンは、総統ヒトラーが決定したホロコーストは法であり、自分は法に従うという市民の義務を果たしたのだと主張した。さらに彼はただ法に従うだけでなく、法の精神を理解し、法が命じる以上のことをしようと腐心していた。嫌々ホロコーストに加担していたのではない。遵法精神に則り、いかなる場合も「法に例外があってはならない」とベストを尽すべく努力した。彼は自分の仕事ぶりに誇りすら持っていた。「良心の呵責など封印し、ヒトラーという法に従って粛々と義務を果たしてきただけ」。これがアイヒマンの主張である。

 アイヒマンが粗暴で狂信的な反ユダヤ主義者+ヒトラー信奉者、あるいは、その逆に、命が惜しくてうろたえ、今にも泣き出してしまいそうな情けない男であれば、アーレントにとっても納得しやすかったかもしれません。しかしアイヒマンは、「法」に従い、秩序を守る義務を負った官僚としての自分を演じ続けました。まるで「法」の代理人であるかのように。彼は何となく長い物にまかれて生きている人間ではなく、ある意味、「法の支配」の重要性を知っている人です。そこが哲学者であるアーレントにとって、なかなか納得のいかないことでした。

 

本書はここで法とは何かという問題に逢着する。かつてソクラテスは、青年たちを惑わしたという罪状で死刑判決を下され、自分では裁判官たちの判断は誤りであると確信し、周囲も判決に従わず逃亡するよう勧めたが、これを退け、死刑を受け入れた。

祖国の「法」に従う手続きで死刑判決が出た以上、それを勝手に無視すれば、もはや自分が国家(ポリス)の「法」に従って正しい行為をしていると言えなくなります。これ以降、悪法に対して従うべきか、そういう義務があるのか、というのは哲学にとっての重要なテーマになります。

ちょっと本書の内容から逸れてしまうが、上記引用部分を読んだときソポクレスの『アンティゴネー』を思い出した。ソクラテスは悪法でも法は法だと従い判決を受け入れた。アンティゴネーは地上の法よりも重要な神の法があると主張して法を破った。ブレヒトの『ガリレオ』ではガリレオは死刑判決を逃れるために自説を撤回する。撤回して生き延びて更に沢山の仕事をして科学の発展に貢献した。それぞれ微妙に問題や立場が異なっているから一概にどうこうは言えないけれども、法に従うべきか否かという問題はケースごとに考えるときりがないというか、自分なんかに答えの出しようがないというか。

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話を本書に戻して。アイヒマンの罪とは何だったのか。アーレントにとって彼を死刑に処すべき理由は、「彼に悪を行う意図があったどうか、彼が悪魔的な人間だったかどうかということとは関係がなく、人類の「複数性」を抹殺することに加担したから」だった。

 人間は、自分とは異なる考え方や意見を持つ他者との関係のなかで、初めて人間らしさや複眼的な視座を保つことができるとアーレントは考えていました。多様性と言ってもいいでしょう。アイヒマンが加担したユダヤ人抹殺という「企て」は、人類の多様性を否定する物であり、そうした行為や計画は決して許容できないというわけです。

 

アイヒマンヒトラーという「法」に服従しただけだったとしても、「政治においては服従と支持は同じ」であり、特定の民族や国民との共存を拒み、人類の複数性を抹殺しようとしたヒトラーを支持し、計画を実行した人間とは、もはや地球上で一緒に生きていくことはできない。それが彼を絞首刑に処す「唯一の理由」であり、それ以上のこと(彼の内面的なことなど)は追求できない──。

この結論はどうだろう。「服従と支持は同じ」という言葉は重い。今日の目からすれば論理的に思えるけれども、まだ虐殺の記憶が生々しく残る裁判当時では、同胞を殺されたユダヤ人にはこのアーレントの結論は到底納得できないものだった。アイヒマン裁判をめぐる彼女の言説はユダヤ人社会から猛烈な反発を招いたという。

しかし「ユダヤ人は誰も悪くない」「悪いのはすべてドイツ人だ」というナショナリズム的思潮に目をつぶるという選択肢は、彼女にはありませんでした。そのような極端な同胞愛や排外主義は、ナチス反ユダヤ主義と同じ構造だからです。

たとえそのために同胞社会から非難され、古くからの友人たちから絶縁されたとしても、アーレントは自分が正しいと思ったことを、空気を読まず、忖度せず、率直に表明した。「それを支えたのは、アーレントの強い危機意識と知的誠実さだったように思います」。

 

 

全体主義と悪の考察については以上。以下は、全体主義と悪への対策について。

もちろんこのような問題に明快な対策や回答があるはずもない。アーレントも答えを出していない。しかし全体主義はいつの時代も起こり得るし、ミルグラム実験から誰もがアイヒマンになり得る。本書の著者はその対策として、何事も他者の視点で見ることを意識しろ、複数性に耐えろ、と提言する。

 

アイヒマン裁判のあとアーレントは、ナチスを擁護するのか、ユダヤ人を侮辱するのか、と同胞であるユダヤ人社会から激しく非難された。でもくり返しになるが、誰かを一方的に加害者だと決めつけたり、自分を一方的に被害者だと決めつけたりすることでもしかしたら見誤ってしまう場合もあるかもしれない。

 

強い不安や緊張状態にさらされるようになったとき、人は救済の物語を渇望するようになる。物語は明快であればあるほど受け入れやすい。しかし複雑な世の中の事象を明快に説明できるものだろうか。そして現代においてはインターネット上に多数のプロパガンダフェイクニュース陰謀論ヘイトスピーチが蔓延している。たとえば昨今の新型コロナウイルスに関して、ただの風邪だのウイルス兵器だのワクチンは毒だの、自分はあまり知らないが知らないなりに周囲の人たちが話してくれるのを聞くと、コロナについて様々な言説が溢れているのだと知れる。中には陰謀論的なものもある。こういう不安やストレスの強い状況こそ、単純な世界観に飛びつくのではなく、立ち止まって冷静に考えることが必要になる。複数性、多様性の維持。全体主義とは多数を共同体と一体化させる運動だった。複数性、多様性は全体主義の急所である。

人間、何かを知り始めて、下手に「分かったつもり」になると、陰謀論じみた世界観にとらわれ、その深みにはまりやすくなります。全体主義は、単に妄信的な人の集まりではなく、実は、「自分は分かっている」と信じている(思い込んでいる)人の集まりなのです。

いかなる場合であれ選別と排除の言説に加担することだけは絶対に避けたい。世の中のことはほとんど何もわからない自分だが、選別と排除の思想に関しては、それが誤りである可能性が極めて高いということだけはわかっているから。