2024年読んだ本裏ベスト

 

承前。

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2023年に引き続き裏ベストも挙げる。われながら裏って何だよって感じだが雑誌やZINEをメインに。

 

SAPPORO POSSE『HYPER TEXT #1 特集:カウンターカルチャー陰謀論

今年上半期、入手にとても苦労したZINE。2023年の予約分は気づいたときには完売で買えず、それでも諦めきれず一部の書店にあるとの話だったので入荷しているか電話で問い合わせたりした。行ける距離にある店には在庫がなく入手を諦めていたが(少数がフリマアプリに転売されていたが高額な転売価格で買う気はなかった)第二弾の予約が3月頃BASEで受付開始となりようやく買えた。

1960年代の動乱と社会運動、それらに力を与えたパラノイアとその現代への接続がテーマ。ロバート・アントン・ウィルソン、ティモシー・リアリーイルミナティ、ディスコルディア協会、サブジーニアス教会等の名前が目次から窺える。

めちゃくちゃ面白くて夢中で読んだが哀しいことに今はもうほとんど覚えていない。また読もう。陰謀論で遊んでいるうちに取り憑かれてしまったケリー・ソーンリーが強く印象に残っている。このZINEを読んだ直後、60年代アメリカのカルチャーへの関心が高まり関連書籍を通販で買い漁った*1。定価より高い値段で購入した『パラノイア合衆国』は来年1月復刊。ロバート・アントン・ウィルソンとロバート・シェイによる小説『イルミナティ』も復刊したら楽しいのに。

 

 

 

東京人 「特集:つげ義春と東京」

画業70年。つげさんが撮影した貴重な東京の写真が見られる。筑摩書房から出た『つげ義春全集』全9巻と漫画術を持っている程度にはつげさんのファンだが旅先ではなく東京の写真は初めて見た。つげ作品、シュールな夢ものは「ねじ式」も含め最初からあまり好きになれなかった。旅ものとそれにたまに登場するおかっぱ少女が好きだった。今は「無能の人」シリーズが好き。

 

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奇書が読みたいアライさん『このライトノベルが奇書い!』

ラノベ奇書のススメ。ラノベというと「若い人向けの読む漫画」みたいな、ちょっと下に見てしまう偏見があったんだけど、このZINEで知って読んだラノベは前衛的な手法で書かれている作品が多く、蒙を啓かれる思いがした。ただ、読書の世界を広げるための試みとしてラノベ入門するには奇書が読みたいアライさんはちょっとハード志向過ぎて俺にはつらい作品も少なくなかった。どう書こうが何を書こうが、小説たるもの、結局最後は文章力でしょう。そこのところが弱い…というかクセの強い作品が多い、ラノベは。初心者は普通に王道、名作と言われる作品から入った方が絶対いいと思う。アニメを何度も見ていながら原作未読だったハルヒをこの機に読んだら、あらすじを知っていても面白く、これが名作たる所以かと感嘆した。

 

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文藝2024年秋季号 

特集2「怖怖怖怖怖」。今年の夏はホラーに耽った。本書で明らかになった、芥川賞作家・綿矢りさが哲学ニュースを毎晩閲覧しているという驚愕の事実。俺も昔よく洒落怖や未解決事件のまとめを閲覧していたので親近感を覚えた。創作、澤村伊智「さぶら池」、小田雅久仁「囁きかわす者たちからの手紙」、どちらも素晴らしい。とくに後者は今年読んだ短編小説のベストワンと言っていい…どころかオールタイムベスト短編と言いたくなるくらいよかった。語り手が喚起される恐怖と郷愁の記憶を俺自身の記憶と重ね合わせてそんな体験を自分もしたように錯覚する。小学生の頃クラスにいた、ちょっと変わったあの子…。みんな今どうしているのだろう。仲のいいクラスメイトと朝の会から放課後まで、一日中一緒に過ごしたというのに、今じゃ会社の同僚よりも遠い、記憶の中だけの存在になってしまった。

 

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安部公房写真集

2024年は安部公房生誕100年。『砂の女』と『箱男』しか読んだことないのに神奈川近代文学館まで安部公房展を見に行った。本書、貴重な内容かもしれないが税別14000円は高過ぎと思う。値段に造本が見合ってない。一応箱入りみたいな体裁になっているが実質紙カバー。それだけ材料費が高騰してるってことか。たまに欲しかった品切れ本が復刊してもハードカバーだったのがソフトカバーになったりして、その割に値段は安くないし、復刊自体はありがたいものの世知辛さを感じる。物として所有して長期保管するならハードカバー一択。丈夫さがソフトカバーや文庫本の比じゃない。

この写真集は70年代から90年代初頭に安部公房が撮影した写真が載っている。すべてモノクロ。現在の新潮文庫の表紙は安部公房の撮った写真。新宿や渋谷の猥雑な雑踏や打ち捨てられた物に関心があったのだろうか。いい写真が多いとは思うものの「安部公房が撮った」というバイアスなしに見たらどうだろう。難しい。

 

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BUBBLE-B『ローカルうどんチェーン店のススメ』

素敵なZINE。東北から九州までのローカルうどんチェーン店の詳細なデータが多数の写真とともに掲載されている。香川に次ぐ全国第二位のうどん県埼玉からは、久兵衛屋、竹國、山田うどん食堂、宮武讃岐うどんが掲載されている。久兵衛屋と竹國は武蔵野うどん、山田うどん食堂はオリジナル、宮武讃岐うどん讃岐うどん。このZINEを読んでこの間実に数十年ぶりに山田うどん食堂へ行ってうどんを食べたら、クセのないソフトな麺が食べやすくて感動した。個性を出さないという個性。うどんはこういうので(こういうの「も」?)いいんだよ。山田うどん、侮っていた。己の不明を恥じる。ラーメンあり、定食あり、ちょい飲みも可能、位置付け的には餃子の満州日高屋みたいな感じで日常的な使いやすさもある。

おにやんま、ほうとう小作、ウエスト、資さんうどんに行ってみたい。

 

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文學界2024年10月号

特集「インターネットとアーカイブ」。phaさんによるエッセイ、「インターネットが現実になるまで」が素晴らしい。もう四半世紀近くインターネットを使ってきた一人である俺が当時から現在までを振り返ったとしたら感じるだろうことを、俺がするよりも的確に言語化している。

 昔は、自分の人生の話をネットに書けば、どこかにいる誰かに届いて繋がれる、という感覚があった。だからみんなこぞって自分のことを書いていた。

 今は、どこかに届くという感覚は全くない。知らない誰かに届くのは炎上したときだけだ。昔に比べてあまりに情報の流れが速くなり過ぎてしまった。もう、ネットで一人一人の顔をみている余裕なんてなくなったのだ。

近頃のインターネット、疲れるよな。PV数が利益に直結する収益システムはあえてする炎上や煽りを必然的に誘発する。これは構造的な問題だ。無名であるより悪名であっても有名な方がいいという考えが蔓延るのも同じ理由。世の中の大半の人はスルースキルがないからまんまとインフルエンサーに乗せられて彼らの金儲けに加担している。Xで一口話みたいなのを読んでも俺にはもうすべてがバズ狙いの作り話にしか思えなくなってしまった。はてな匿名ダイアリーも割とそうかな。それでもはてなはXやYahoo!ニュースと比較したらリテラシーの高いユーザーの割合が高い印象がある。でも投資の話題になると頓珍漢なコメントがスター集めたりするから可笑しい。

スマホの普及により利用者が増え、もはやインターネットはあって当たり前のインフラと化した今、かつてのようなインテリとオタクがメイン利用者だった(と思われる)頃よりも退屈な現実になってしまったのは事実としても、通販や手続きや予約がしやすくなり、IT化により生活が格段に便利になっているのもまた事実だ。さらに、かつては誰にも届かなかった被害者の小さな声が、拡散されることで企業を動かせるようにもなった。ネット利用者が増えたことによるメリットとデメリット、トータルで見たらメリットの方がずっと大きい。

 

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宇佐和通『イルミナティ ニューワールドオーダー裏解説ブック』

『HYPER TEXT #1』でも触れられている陰謀論をめぐるカードゲームの解説ブック。解説と言ってもゲームそのものについてではなくカードのイラストについての解説。一部の陰謀論者はINWOは未来を予言するカードゲームだと信じている。相模原障害者施設殺傷事件を起こした植松聖もその一人だった。911同時多発テロ新型コロナウイルスによるパンデミック、合衆国議会議事堂襲撃事件…どれもイラストを見るとそれっぽく見えなくもない。ということは、このカードゲームを制作した会社の社長スティーブ・ジャクソンは予知能力を持っているか、それとも何らかの組織と結託しているのだろうか? いやいや、どう見てもジャクソンおじはただの中小企業の社長でしょう。本書のインタビューに彼はこう答えている。

 確かに、「どうやって未来を予測したのですか?」というメールを受け取ることがあります。もちろん、いつも「予測などしていません」と答えます。

 拡張セットも含めると500枚以上のカードがありますから、何十年にもわたってイラストに関連する出来事が何も起きないとすれば、それこそ奇跡でしょう。

陰謀論にはまる人は世の中の偶然性を考慮できない。あらゆる出来事には隠された意図や意味があると考える。意味がないところに意味を見出そうとすればそれはもう狂気だ。

このゲームがゲーム自体としてよりイラストの意味探しの方面で有名になってしまうとすれば制作者にとっては不本意だろう。

 

 

以上。

今年、ネットするより本を読もう、というのを一つのテーマとして掲げた。来年もそれを続ける。よい本との出会いに感謝。そして来年もよい本と出会えますように。

 

 

*1:品切れのものが多かった