『Qアノンの正体/Q:INTO THE STORM』を見た

U-NEXTで。Qアノンと呼ばれる陰謀論アメリカ国内で次第に影響力を増していく過程を追ったドキュメンタリー。全六話。ヘイトと分断を扇動するQとは誰で、その目的は何か、という謎を追うミステリ的要素の引きが強く、一晩で一気見。加齢により物語に熱中する能力が枯れつつあると自覚しているのだが、(自分にとって)面白いものはちゃんと面白く感じられるのだと再確認。ゲースロもかなりのめり込んだし、HBO制作って打率高い。まだ二つしか見てないが。

 

アメリカ議会を襲撃するまでに過激化したQアノンの最終的な出所は8kunという匿名掲示板サイトである。このサイトの由来を遡ると日本の2ちゃんねるになる。2ちゃんねるのサーバーがアメリカにあり、その管理をしていたのがジム・ワトキンスという実業家。彼はその後2ちゃんねるのオーナーとなりサイト名が5ちゃんねるに変更される。アメリカには4チャンネルという2ちゃんねるを元に作られた匿名掲示板サイトがあり、当初Qはそこに書き込みをしていた。やがてQはそこを去り、より自由で過激な発言が可能な8チャンネルという匿名掲示板へ移動する。書かれるのは暗号めいた内容。予言とも称されるその書き込みが一部のマニアに注目され、Qチューバーを名乗る解説者たちが登場してQの言説がネット上で拡散されるようになる。その言説とはお粗末な陰謀論。政界や芸能界の権力者・セレブたちは手を組んで裏で世界を支配している。彼らは悪魔主義者で幼児を殺害しその血を啜って若さを保っている、等(彼らの秘密のアジトはピザ屋の地下室だという)。まともな人なら相手にしない話だが世界は広いのでこの陰謀論を真に受ける人も大勢出てくる。アメリカのみならずニュージーランドやオーストラリアにまで。

 

Qによる陰謀論に影響され匿名掲示板ではヘイトがエスカレート、それに感化された人物が現実に銃乱射事件を起こしたことでQアノンは社会問題にまで発展する。8チャンネルのような無法地帯の匿名掲示板には広告がつかないため、サイト管理人は赤字に喘いでいた。ジム・ワトキンスは管理人から8チャンネルを買い取ってオーナーとなり、息子ロンが新たな管理人となる。Qとその言説が世間の注目を徐々に集めていくとサイト訪問者の数もうなぎ上りに。Qは遂に当時の大統領ドナルド・トランプから言及されるほどに存在感を増す。熱烈な──ほとんど信者と言っていい──Qアノンの支持者たちはアメリカにはびこる悪の全てをトランプが一掃すると信じ、彼が大統領選でバイデンに敗北すれば開票に不正があったと喚き立てる。遂には暴徒化して議会を襲撃する。

 

問題の中心にいるQとは何者で、何を目的に陰謀論を撒き散らし、アメリカ国内の分断を煽るのか。これがこのドキュメンタリーのキモである。監督は三年間に及ぶ取材の中で幾人かに的を絞りながら決定的な証拠を最後まで掴めない。というかQ本人が自ら名乗り出ない限り決定的な証拠にはなり得ない。ただ恐らくは彼と狙いを絞った人物は、最後の最後でさりげなく、まるで口が滑ったかのように自分がQだったと口にする。第六話まで見てきた人間なら、ああやっぱりねという感想を抱くだろう。と同時に、トランプの側近あるいは軍の関係者等々大仰なベールに包まれていた謎の予言者が、言っちゃ悪いが、こんなつまらねえ人物だったという落ちに、ネットde真実なんてあり得ないんだと教えてくれる。非常に示唆的、啓蒙的なドキュメンタリーだと思う。大体、ペドフィリアのサタニストなんてB級ホラー的設定は論外として(今時B級ホラーでもそんな設定ないだろうが)一般人に知られないような陰謀のネットワークが仮に実在したとして、そんな超重要な情報がどうして一般人が簡単にアクセスできるインターネット上に転がっていると思うのか。あり得ないだろ、常識的に考えて。

 

自分が想像するに陰謀論にハマる人というのは、まず現状に不満がある、その不満のはけ口としての敵を求めている、わかりやすい(二項対立的な)世界観を持っているか求めている、そんな感じではないか。カール・シュミットは政治の本質は敵と味方を作ることだと喝破した(仲正昌樹『悪と全体主義』より孫引き)。8チャンネルの最初の管理人は身体障害者で、彼は匿名掲示板を初めて読んだとき、そこに書かれた歯に衣着せぬ差別的な書き込みが人間の本音だったんだと衝撃を受けたと語っていたが、どうだろうか、人間ってそんなふうに割り切れた単純な存在だろうか。朝は差別主義者で夜は博愛主義者になる、人間ってそういう不安定な天秤のような存在ではないだろうか。どちらか一方だけというのは、なくはないだろうがレアケースで、匿名掲示板でヘイトしまくっていても実社会では常識ある社会人やってるとか、そっちの方が大半のケースではないかと思うのだが。そういう複雑で不安定な人間たちが相互に影響し合って複雑で不安定な社会を形成している。ゆえに陰謀論が提示するシンプルな世界なんて空想の中にしか存在しない、と自分は思う。逆に、その人の願望がその人の世界観を形作るのではないか。陰謀論を信奉する人は、世界が陰謀に満ちた場所であって欲しいと望んでいるのだ。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

 

陰謀論は現代のカルト。ハマる人は家族や友人から次第に孤立し、孤立した者同士が連帯してバイアスを強めていく。カルトにハマる人と学歴の相関ってどうなんだろう。でもオウム真理教には高学歴者が多数在籍していたんだっけか。一つだけ確かなのは、どれだけ漁っても、少なくともYouTubeに真実はないということ。Qチューバーを名乗ってQアノンをばら撒いていた配信者たちって、要するに動画の広告収入で生活している無職の一般人なわけで、そんな彼らが何を知り得るというのか。彼らだって俺たちと同じくらいに何も知っちゃいない。

 

このドキュメンタリーで中心的に描かれる人物が三人いる。8チャンネルを創設したフレドリック・ブレンナン、彼から8チャンネルを引き継ぎオーナーとなった実業家ジム・ワトキンス、彼の息子でサイト管理人のロン。Qを追跡する過程で、ヘイトをばら撒く8チャンネルを閉鎖したいブレンナンVS続けたいワトキンス父子の戦いが展開される。三人とも綺麗事言いながらやってることは保身最優先、やり口は姑息でどっちもどっちの泥試合。最終的には8チャンネルはサイト変更して8kunとなる。ブレンナンは小心な常識人という印象。ロンは典型的なオタクの風貌(チェックシャツ、指抜きグローブ)で言動が幼稚。ショップの美少女フィギュアを逆さにしてスカートの中を覗く場面は気持ち悪かった。マーシャルアーツの稽古と称してしょぼい杭を殴ったり、杵担いで登山したりのイキリっぷりは見ているこっちが恥ずかしくなる。彼らと比較するとジム・ワトキンスは遥かに存在感がある。この人は怖い。平気ですぐバレる嘘をつくし(政治に関心がないと言っていたのに実はニュース配信をやっていたとか)、どんな時でも決して目が笑わない、取材のたびに風貌を変えたりファッションに凝るのは承認欲求が強い証だろう。最初はユーモアのある豪腕ビジネスマンなのかなと思ったけど、そういうんじゃない、なんというか、これが本物か、という感じがした。言論の自由を担保に匿名掲示板を継続すると言っておきながら、自分を非難するブレンナンの書き込みは名誉毀損だと訴えるんだからダブスタもいいところ。本人は矛盾を自覚しているのか、しているのかもしれないが、いや本物だからしていないかもしれないとも思え、得体が知れない。

 

ジム・ワトキンスは本業の養豚場を売却するほど金に困りながらも匿名掲示板を続けようとする。何でそこまで執着するのか、Qだってなんでそんな金にならない書き込みを続けるのか、見ていてずっと謎だったのだが、最後になって、インターネット上の言説が大統領にまで認知され、人々へ影響力を発揮し、遂には彼らを扇動して暴徒化させるほどにまでになったとき、ワトキンス父子が、Qが欲していたのはこれか、力か、と納得した。自尊心が刺激されまくってハイになったから、Qは最後に匿名でいられなくなったんだろうが、そういうところも含めて小物だよなあ、と。匿名の人物が顔出ししたら興醒めするに決まってる。まあそのこととは無関係かもしれないが最近はQアノンの影響力もだいぶ弱まっているとか。今度はまた別のカルトが登場するのだろう。