ネタバレあり。
被告が無罪を主張しているある殺人事件の陪審員に選出された男。彼こそが事件の真犯人だった。
…という経緯は映画が始まってすぐに判明する。見る側は犯人を知りながらストーリーの経過を見守る、刑事コロンボ的な構成になっている。この映画の勘所は事件の真相解明にはない。冤罪と知っていながら被告に罪をなすりつけるのか、良心に則り真実を告白するのか、主人公のその葛藤にある。
被告が殺したとされる女性は殺されたのではなく、主人公が大雨の真夜中に車で撥ねていた。
悪意はなかった。故意でもなかった。衝撃で女性は崖下に転落したため車から降りても発見できず、ボディには血痕もなかった。野生動物の飛び出しが多い場所だからてっきり鹿を撥ねたのだと思った。陪審員に選ばれ、事件の経緯を知るまで、そんなことがあったことさえ忘れていた。
だが思い出してしまった。
主人公は善良な市民だ。かつてはアルコール依存症に苦しんだが立ち直った。妻はもうすぐ出産する。順風満帆、絵に描いたような幸福の日々。
一方で被告は札付きのワルだ。ドラッグの売人で、これまで散々悪事を働いてきた。
保身か、正義か、真実か。
善き市民だから、悪意はなかったから、証拠はないから、罪は見逃されていい? そのせいで無実の人間の一生が台無しになっても?
悪人だから、たとえ今回は無実だとしてもこれまで散々悪さをしてきたのだから報いと思って冤罪を受け入れるべき?
まるでドストエフスキーの小説のようだ。彼の小説の根幹をなすテーマ、「神がなければ(何をしようが)すべて許されるのか否か」。自分は父親を殺していない、だが心の中で殺したいと思ったのは事実だから精神的には有罪なのだ、と『カラマーゾフの兄弟』の長兄は無実の父親殺しを受け入れる。人が定めた法とは別にもうひとつ従うべき天の法がある。その法が彼を裁いたのだ。すべては許されてなどいない。
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この映画の主人公は凡庸な市民なので、従容と天の法に従う、なんて高貴な真似はしない。大抵の人も同じだろう。酒酔い運転で事故を起こした前科があるから真相を告白すればおそらく終身刑。もうすぐ父親になろうという男がそんな選択をするか? 妻だって止めるし、彼が刑務所に入ってしまったら子供の将来にも影響する。
結果、無実の被告に有罪判決が下され、仮釈放なしの終身刑が宣告される。主人公の罪は誰にも知られずに済んだ。それなのに、夜、パトカーのサイレンが聞こえると、警察が自分を逮捕しに来たんじゃないかと不安になる。やがて家の前をパトカーが通り過ぎ、ほっと胸を撫で下ろす。だがこれから先もずっと、彼はサイレンを聞くたびに、自身が犯した二つの罪──人を殺めたことと真相を知りながら罪を人になすりつけたこと──が暴かれ、裁かれるかも知れない恐怖に怯えて生きていかねばならない。それこそが天の法による裁きなのだ。
映画はオープンエンドで終わる。主人公と同じく自己保身に走った検事が改心し、人の法が彼を裁くだろうことが暗示される。彼は自分の罪を認めるのかどうか。終始暗い表情で葛藤しているニコラス・ホルトの演技がとてもよかった。
この映画、イーストウッドの新作なのにワーナーの判断で日本での劇場公開なし。話は明るくないし、キャストも地味めだし、最近の映画業界は「邦高洋低」がトレンドらしいから仮にシネコンでやってもお客は入らないかもしれないけど…。残念。去年末からU-NEXTが独占配信していたが現在はアマプラでも配信されている。自分はこの間GEOの会員になったのでDVDをレンタルして見た*1。
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法廷ものは台詞の応酬が多いから吹替で見ようと思ったら字幕のみ。加えてチャプター選択できず特典映像もなし。雑誌の付録かよ。製造元のやる気のなさにびっくりした。イーストウッドほどの監督の最新作がこんな雑な扱いなんて、寂しいなあ。
町山さんのこの解説動画、面白かった。
*1:10枚くらいあったうちの最後の1枚だった。今の時代でもレンタル利用者は意外といるもんですね。
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