映画『空白』を見た

公開二週目の日曜朝イチの回で観客が20人から30人くらい。結構入っている。『ヒメアノ〜ル』の監督なので不快な表現あるかも、と警戒していたが杞憂に終わった。少女がトラックに轢かれるシーンはエグいがあとはさほどでもなく。ただしそれはビジュアル面の話であって(『ヒメアノ〜ル』での殺されながら失禁する女性とか、強姦しようと下着を剥いだら生理中だったとかは悪趣味過ぎる)ストーリー的には胃がキリキリするようなシーンが何度もあった。

 

中学生の少女は猟師の父親と二人暮らし。母親は、どうやら鬱になって離婚したらしい。が、今でも母と娘は連絡を取り合っている。父親は強権的そして暴力的。少女は彼に怯えている。言いたいことがあっても臆して言えない。内向的な性格で、学校でも孤独。この少女がスーパーで万引きをし、逃げる彼女を店長が追いかける途中で車に轢かれる。加害者が被害者に、被害者が加害者に転じる。父親は娘は万引きなどしないという。しかしそう主張するほど彼女のことを知っていたわけではないし、気にかけていたわけでもない。いい父親ではなかった。娘が万引きしたとしたらクラスの誰かに強制されたからではないか。そう言えば事件前夜、娘は何か言いかけて口をつぐんでしまった。あれはクラスでいじめに遭っていると打ち明けようとしたのでは。そう考えた父親は学校にいじめの調査を依頼するが、そのような事実はなかったとの返答。一方で、スーパーの店長は別の少女に痴漢した過去があり、実際には万引きをでっち上げて店のバックヤードで少女に性暴力を振るおうとしたのではないかとの憶測が出る。父親と、学校と、スーパーの店長。さらには少女を車ではねてしまったドライバーらが、自らの罪の意識、罰の意識で絡まりながら関わり合っていく。

 

この映画で最も重要であるはずの万引きのシーン。少女は万引きしているようには見えない。しかし店長は確信して彼女の手首を掴み、無言でバックヤードへ引っ張っていく。その次のシーンでは少女がスーパーを飛び出している。本当に少女は万引きしたのか。本当に店長は性暴力を振るおうとしたのか。そしてバックヤードで何が起きたのか。なぜすぐ警察を呼ぶなり、保護者に連絡するなりしなかったのか。ここが省かれているために、映画は最後まで真相にたどり着けない。少女が万引きしたか否かについては終盤に一つの答え(のようなもの)が描かれはするが、それとて自分の小遣いで買ったのかもしれないし、母親が与えたのかもしれないしで真実を証明するものではない。他者についての知識が増えれば、それだけ容易に他者が理解できるようになるわけではない。むしろ逆に、知識が増えたことで、他者はそれまでの単純さを失って以前とは比較にならないほど複雑で曖昧な存在と化していく。父親の探索は真相を究明するどころか混迷を極め、最後にはただ徒労感だけが残る。

 

古田新太は上手いのかどうか。ふっざけんな、だか、うっるせえな、だか忘れたが同じセリフを口癖のように言うのが若干軽く感じられる場面があった。しかし強面だから迫力が凄い。娘の四十九日法要か、定食屋で元妻の田畑智子に涙目で謝罪するシーンはよかった。ようやく自分の弱さに向き合えるようになったのだ。そのあとのタクシーでの幻視、ラストの、もしかしたら初めて娘と心が通じたのかもしれない瞬間は、彼女が死ななければ不可能だったというアイロニー。娘が死んで初めて父は娘をちゃんと見るようになった。気にかけるようになった。

松坂桃李は『孤狼の血』とは全然タイプの違う、ちょっと気の弱いどこにでもいそうな(クズな面も含め)男性の役を演じて違和感がなく流石。痴漢の過去は真実か、でっち上げか。

寺島しのぶはうざくてよかった。意識高いふうと見せかけて、実は年齢や容姿を気にしていた、という。だから明るく振る舞っていても、善行をしていても、どこか痛ましかったのだ。送別会の空気の読めなさ、素晴らしい。自宅で見てたら「うっぜ〜」と声に出していたと思う。

 

 

映画自体は当たり。しかし最前列に座った老夫婦が自宅のリビング感覚で上映中ひっきりなしに喋っていて辟易した。映画館に来る老人って公共の場でも周囲を気にせずすぐ声を出す印象がある。少しくらいならいいけど三分に一回喋るなら外へ出るか自宅で見てくれと怒鳴りつけたくなった。なぜ我慢できない。すぐ声出して笑うのにもイライラ。松坂桃李が、ドアノブにタオルをかけて首を吊るシーンで笑い声上げたのは意味不明だった。映画をちゃんと見ていて笑うだの悲鳴をあげるだのなら腹は立たない。自分も声出して笑うことあるし。この老夫婦がムカついたのは、ハナから笑うつもりで映画館に来ていて、映画で自分の感情の発露をしたい、他の客がいようと関係ないという、図々しさ、横暴さにある。上映途中から入ってきて、喋って、笑って、エンドロールになったらさっさと退出して、結構なご身分である。いい映画で、他の客もみな行儀よかった回だっただけになんか体験を汚された気分。俺、心が狭い? 心が狭いと言われようが、金払って、わざわざ休日の時間費やして、上映に時間を合わせて、映画館まで赴いて、その挙句に面白い映画なのに終始他人の話声、笑い声を聞かされるってのは腹が立つ。というかどうせ時間あるんだろうからわざわざ日曜に映画館来るな。