蜂巣敦『殺人現場を歩く』を読んだ

 

主に1990年代に起きた18件の殺人事件現場を訪れる。写真多数掲載。有名な事件としては「綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件」「連続幼女誘拐殺人事件」「埼玉愛犬家連続殺人事件」「世田谷一家四人殺人事件」「東電OL殺人事件」「八王子スーパー強盗殺人事件」「井の頭公園バラバラ殺人事件」など。最初の2件に限り1980年代終わりに起きた事件。訪問時期の日付記載がないので詳細は不明だがどれも事件が起きてから10年以上を経ての訪問となるのですでに現場が更地になっているケースもある。一方で当時のまま残っているケースも少なくなく、意外の感に打たれる。愛犬家殺人事件の犬舎、東電OLが殺害されたアパート、世田谷一家4人が殺された一軒家、どれも本書刊行時点で当時のまま残っており、Twitterで検索したところ現在でもまだ取り壊されていない模様。東電OLのアパートに関しては「現役」で、現在は民泊になっている。神泉駅を出てすぐだから立地的に便利なのだろうが、画像を見るとだいぶ老朽化してるから快適とはいえなさそうで、どういう人が泊まるのだろう。外国人観光客? 本書には登場しないが座間事件の部屋も入居者がいるというし、自分には理解できない感覚だが*1心理的瑕疵を気にしない人も世の中には多数いるのだろう。都心部にいたっては戦時中の空襲と関東大震災で大勢が犠牲になっており、人が死んでいない土地の方が少ないくらいのものだろうから、事故物件を気にしすぎるのも妙といえば妙なのかもしれないが。

 

 事件発生からしばらく経った殺人現場のほとんどは、すでに日常へと回帰していた。ただ、どうしようもない傷が、痕跡として残っているケースもある。そうした傷痕を見るたびに、被害者やその家族の心象風景と同化しているようで、いたたまれない気分になった。風景の痕跡は、かつて、たしかに、そこで、殺人が行われたという証拠なのである。

ここで人が殺された。そういう目で見るからか、写真を通じて見る事件現場には不穏な空気が10年以上を経ても残っている…ように思えなくもない。いや、これは先入観か。事件のことなど知らなければこれといった特徴のない風景に見えるのか。「事件を知らない自分」にはなれないから比較のしようがない。それでも世田谷一家4人が殺害された家の写真からは気味悪さを感じずにはいられない。袋小路にぽつんと建つ一戸建て、周辺の住宅の大半が公園拡張計画に伴い転居してしまったために周囲は殺風景。被害者一家はバブル期の1990年に1億5000万円でこの家を買ったという。公開された動画を見るかぎりでは決して広くは見えない3階建て、その後土地価格の下落と公園拡張計画により一家は事件が起きなければ2001年の4月にはこの住宅を売却して転居する予定になっていた。現場は世田谷区上祖師谷3丁目、自分はこの事件の少し前まで祖師ヶ谷大蔵のアパートに住んでいたのでニュースを知ったときは驚いた。無縁ではない土地で起きた事件として連続幼女誘拐殺人事件と並んでとくに印象に残っている*2


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部外者がすでに風化しつつある事件現場を今更訪れたところで何が得られるか。悪趣味な好奇心を満たすのがせいぜい──と言っては言い過ぎか。柳下毅一郎『殺人マニア宣言』でエド・ゲインの墓やリジー・ボーデンの邸宅を訪れるのがエンタメ的な巡礼と受け取れるのに対して、十数年前に国内で起きた殺人事件現場を訪れることには不謹慎さを覚えるのはそれが自分の暮らす国で起きた同時代の事件であるからか。ゲインやボーデンの事件のように当時の関係者がすでに存命でなければ「過去」として捉えることもできるが、本書で紹介される事件においてはまだ関係者の多くが存命であり未解決のものも多い。これらの事件はまだ「現在」であり続けているのだろう。

 

各章の文章が多くないのでどんどん読み進められたが、読み進むうちに紹介される各事件の凶悪さと悲惨さに気が滅入ってきて、夜だったせいか怖くなって寝つけなくなってしまった。掲載されている写真がとてもいい。表紙は世田谷一家事件の現場の写真。パッと見ると青空の下の住宅の写真は穏やかな日和の午後に撮影されたようなのどかさを感じさせるが、よく見ると家の前には一台のパトカーが停まっており通じる道はカラーコーンで封鎖されている。

 

 

 

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*1:自分は事故物件には住みたくないし人を轢いた中古車が安く売っていたとしても絶対に買わない

*2:当時あった宮崎勤の家の近くに親戚の家があった。また被害者の1人が住んでいた市には別の親戚の家があって子供の頃から馴染みある土地だった