『杉作J太郎が考えたこと』を読んだ

 

中年本の一冊として。2001年2月から2011年4月までの十年にわたる連載エッセイの中からセレクトしたとのこと。なかなかに濃い。熱い。

 

まず、金がない、という話から始まる。金がない話はその後10年間幾度となく繰り返される。ほかに、自身が立ち上げたプロダクション、撮影している吾妻ひでお原作の映画の進捗、鬱の発症、パチンコの当たり外れ、綾波レイの魅力、地方移住計画についての話などを時事問題と絡ませたりしながら。最後に収録されているのは東日本大震災発生直後の状況。発生して間もない時期に書かれた文章だけに生々しさがある。10年前のあの日あの時が思い出されてくる。

 

一番いいなと思ったのは「生への執着」について述べた以下の一節(2007年)。

 ホントならね、あるやらないやら、本当はわからないこの世にたまたま生を受けたということは、それだけでパチンコにたとえれば絶対、一生打っても出るかでないかっていうようなものすごいプレミアム画面が出たのと同じことだとボクは思うんです。なのにお前はこの台を離れるのか? 死ぬっていうのはそういうことです。……こ・れ・は離れられないよ普通! ……って、すごいんだか、すごくないんだかってたとえですがー。

そう思っていても死にたくなる。そういう状態で唯一できることといったらパチンコだけ。だから一日中エヴァンゲリオンのパチンコを打っている。そこでアスカの「どうでもいいわよもう」という言葉が思い出される。第16使徒との戦いの際、自信を失い、モチベーションも落ちまくりでもはや弐号機とシンクロすることさえできない状態なのに出撃、その時に彼女が呟いた言葉。「どうでもいいわよもう」。著者自身、近頃はそういう気持ちで生きていることが多いからこの言葉がとても好きだという。

死を覚悟したうえで「どうでもいい」っていいながら出撃していくっていうのがいいんですよ。人のためとかお国のためとかじゃなくて、すべてに絶望した結果、「どうでもいいや」って死にに行くというのがイイ。 

そんなふうに考えるほど気分が落ちたことがないから共感できるなどと思い上がったことは言えないけれど、言っていることはなんとなく理解できる。アスカのはただの思考停止ではないのか、と言えなくもない。しかし鬱な時には意志することが億劫で不可能になってしまうものなのではないか。思考停止に救われる、身につまされる、ということもあるかもしれない。ギリギリ崖っぷちでの生への執着。

 

アスカを引いたけれど著者の愛の対象は綾波である。本当の自身は14歳のエヴァパイロットで、第3新東京市にいて、綾波と付き合っているのだという。それが現実だと。こういう二次元対三次元という言説、「非モテ」の文脈でずっと以前に読んだ気がして懐かしくなった。あの頃読んだ『電波男』や『ルサンチマン』、面白かった。その流れで気になって本田透は今も書いているのか検索したら、今は書いていない様子。別のペンネームでライトノベルを書いているらしいが本当だろうか。

 やっぱり世の中…ありもしないことを本気で…いや、わかってますわかってます。ありもしないことなんですよ。それをわかったうえでどこまで突撃できるか、それができるかできないかが、楽しく生きられるかそうでないかの重要なポイントなんじゃないですかね。もちろんそれ以前に、現実ももちろん一生懸命にならなきゃいけないんですけどね、そのうえで、ありもしないことに一生懸命になった方がもっと楽しいじゃないですか。それがやっとわかってきました。

これは自分が無関心だからかもしれないが、二次元対三次元といった話題は、今もうほとんど聞かないように思う。バ美肉の登場に時の流れを感じる。アニメはとっくに市民権を獲得し、「萌え」は「推し」に変わった。スマホSNSの普及によりネットは一部の人たちにとっての避難所ではなくなり、オープンで現実と地続きの、商業の場になった。自分がインターネットに初めて触れたのはウインドウズMeの頃だった。その頃と今とでは隔世の感がある。ネットは今やリアルの延長線上。

 

話が逸れた。ところどころ声出して笑ってしまうほど面白い内容だが中年本として参考になったかというと…どうだろう。金がなくても自分のやりたいことを苦労しながらやっている姿は確かに凄いけれども、自分が金にケチで、およそクリエイティブとは無縁な人間だからか、憧れを抱いたり、元気が出てくるということはなかった。収録されているのは笑える話だけではない。漫画喫茶へ行ったものの、漫画も読まずボーッと天井を眺め続けって気づけば二時間経っていたとか鬱の話もある。今現在はよくなったのだろうか。

 

2021年現在から振り返って先見性のある警句もたびたび出てくる。

 面白い、面白くない、わかる、わからないってもの以外に、なんだかよくわからないけど刺激されたとか、やる気が出てきたとか、そういうものがあるじゃないですか。ボクを今ここに至までにつき動かしてきたのはそういう、よくわかんないものですよ。

これは先だってNHKで放映された「プロフェッショナル 仕事の流儀」の庵野監督の「謎を喜ぶ観客が少なくなっている」という発言を連想させる。

 

 だから今のご時世にですね、人に自慢したり、お金持ってるようなフリはするなと声を大にして言いたいですね。いきなり殺されても文句いえないですよ。弱肉強食の世の中で、実はホントに一番強いのは、数多くの武道家の人たちもいってるように、修練を詰んでる人より自分を捨ててる人です。躊躇ないですから。ちょっとカチンと来た瞬間に刃物抜いてブスッと刺しちゃうような人には勝てませんって。

これは最近でいう「無敵の人」のことだろう。

 

 何かが大きく変わる時期にはインチキ臭い人が必ず現れて痛い目にあう人が出るんです。そういう目にあわないためにも、いくら回りが変わっても、自分自身の根本的なものの考え方、感じ方をしっかり持ってさえいれば迷うことはないです! 

コロナ禍以降、色々なことがあって、あれのことかそれともあれかと当てはめたくなる。

 

話し言葉そのままのような文章はクセが強くて読みづらかったが、それでも読ませる勢いがある。紙版は品切れなので電子書籍で出してもいいのにと思う。半分日記のようなエッセイだから時事的な色が濃く、そのため一部話題が古くなってしまっているが、著者の主張の基底にあるのは時代に左右されない真っ当なものである。最後、震災直後にあって、人の世に希望があって欲しいと締めたのに、あとがきでその余韻を跡形もなくなるほどぶっ壊しているのにはびっくりした。

 

 


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 中年本のブックガイドとして『中年の本棚』の打率はかなり高い。紹介されている本をまだ全然読めていないので読むのが楽しみ。

 

 

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