気象庁によると2025年の夏は平年比で2.36度高い「異常な高温」だという。
もはや夏は40代の俺が子供だったころのそれとは違う。暑すぎる。ちょっと外出しただけでも頭痛とだるさに襲われ消耗する。今年、遂に日傘を買った。8月は週末も夏季休暇も不要不急の外出は控え、エアコンの効いた部屋で読書して過ごした。
- 鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』
- 背筋『文庫版 近畿地方のある場所について』
- 梨『6』
- 井出明『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』
- つげ義春『つげ義春の温泉』
- ラックマン『聖なるロシアの復興』
- 水瀬ケンイチ『彼はそれを「賢者の投資術」と言った』
- 宇野常寛『ラーメンと瞑想』
鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』
ゲーテ研究の権威が知らないゲーテの名言に出会ってその出典を探す話。
タイトルはジョークであるとともにゲーテの偉大さを示す言葉でもある。
ゲーテの名言を軸に、言葉や文学をめぐる考察がアカデミックな世界で展開する。
謎解き要素が物語を先へ進める原動力になっている。
半日で読み終えるくらい面白かった一方、登場人物全員のエリートっぷりおよび知的(?)な文体に少々辟易した。22歳でもまだサンタからのクリスマスプレゼントがあり、レ・ミゼラブルの劇中歌を口ずさみ、ドライブ中にバッハをかける家族。げえ。何が「もう付き合うしかないよね」だ。語り手の娘は最初から最後まで鬱陶しくて好きになれなかった。嫉妬やない。文体も、外国語の引用の訳がなかったり、スマホを「済補」と書いたり衒学的すぎやしないか。
実家に出かけると一つ部屋で寝て寝る前に会話もするのに自宅に戻ると家族三人ばらばらになる、主人公の目にはいいと思えない義父の論文を娘が絶賛する、それらが何か隠された意味を持つのかと思ったけど違った。
文学や研究への愛がテーマだと思うんだけど、こんな窮屈なアカデミズムの世界でしか語れないなら文学ってつまんねえな、と思ってしまった。男女のカップル、女や老人はテクノロジーに疎いみたいな人物造形はテンプレ的。妻のテラリウムが象徴するように箱庭的な話。
背筋『文庫版 近畿地方のある場所について』
単行本とは内容が異なると知って、映画にもなったし、さらに擦るのかなと思ってしまった自分の卑しさが恥ずかしい。
単行本版を読んで内容を知っている人ほど文庫の差異に感銘を受けると思う。自分はそうだった。
単行本版より物語の真相がわかりやすくなっている。そして恐怖よりも悲しみに胸を打たれる。加筆された最後の一文が素晴らしい。
人は幽霊を怖がる。あそこの心霊スポットには血まみれの女の幽霊が出るなんて言っては盛り上がる。しかしその女はかつては生き、もっと生きたかったのにそうできなかった人かもしれず、もしかしたらそれは自分やあなたであったかもしれない。その女には家族もいただろう。家族は自分の身内が心霊スポットの幽霊という見せ物にされてしまったことに心を痛めているかもしれない。誰が自分の娘を、母を、姉や妹を、成仏できずに世の中を恨み続ける血まみれの存在にしたいと望むだろう。
「そうやって人の不幸で楽しむのやめろよ」という台詞が出てくる。
ホラーとはまさに人の不幸を娯楽として消費するものだからこそ、ホラーブームと言われる今、上記の視点を提示してくれたことに蒙を啓かれる思いがした。昨今、因習村ものは差別的だという指摘がある。あんまりコンプラを先鋭化させてしまうと娯楽を娯楽として楽しめなくなってしまうけれど、こういった見方もあると意識的になることは大切だと思う。幽霊と人間のあいだに分断を作らないために。
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梨『6』
モキュメンタリーっぽい3話目が面白かったがあとはあまり。怖さも感じなかった。
幽霊の自殺なんて、設定としてちょっと無理があるような。
井出明『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』
ダークツーリズムとは近代史の影の部分、とくに戦争と災害の現場となった土地を訪問する観光を指す。ダークツーリズムの核心は「悲しみの記憶を継承することで二度と悲劇を起こさせない」。戦国時代の戦場跡などは時代が古すぎるのでダークツーリズムには該当しない。
観光とは国の光を見ること。隠されがちな影に目を向けるのは悪趣味、不謹慎と思われがち。しかし破壊や死の歴史に思いを馳せることで記憶を継承する、語り継ぐ、生きる意味を再確認するなどポジティブな意味合いもある。強固な学びの意思なく、「物見遊山で行ってみたら、かなりためになった」程度でも十分ダークツーリズムたりうる。
本書では小樽、オホーツク、西表島、長野、栃木、群馬、インドネシア、韓国、ベトナム、震災後の東北地方が扱われる。
以下、要点。
・遺構を撤去してしまうと記憶の継承は困難になる。また、他の観光施設との結合の上で動線を確保しなければ持続可能性はない。
・網走監獄は「ダークツーリズムの理想型」。
・ダークツーリズムの旅だからといってずっと悲しみの地だけを辿るのは心理的負担が大きい。代表的な観光資源と組み合わせて楽しみながら旅するのがいい。
・地域の悲しみの歴史は、明るく楽しい観光のイメージと合わないため観光開発の過程で枠外に置かれがち。
・災害で多くの人が亡くなった土地が行政や地元有力企業とコトを構えてしまうと、公はその記憶を消そうとする。遺構として保存されなくなり、観光案内等で紹介されることもなくなる。「地域における弱い立場の人たちの記憶はかき消され、強者による記憶が刻まれていく」。本来は弱い立場の人たちの記憶にこそ寄り添わねばならないのに。
・ヨーロッパやそれが波及したアジアのダークツーリズムが、復興ツアーのみならず地域のダークサイドの記憶も含む多義的な概念で語られるのに対し、日本の被災地における復興過程は「明るく元気」であることが期待されるので、ダークツーリズムが復興ツーリズムと相容れない場面が多い。観光系学会にはダークツーリズムの存在自体を許そうとしない論者が多い。
今年東北へ震災遺構を見に二度旅行に行った。見学して凄まじい破壊の跡に慄くとともに、かつてあった災害を決して忘れまいと思った。
これまでにも沖縄へ旅行すればガマやひめゆりの塔へ行き、広島へ旅行すれば原爆ドームや平和祈念資料館へ行った。自覚していなかったが俺もダークツーリストだった。深い考えや信条があって行ってるわけじゃない。一般的な観光地より近代史の負の痕跡に惹かれるから行っている。
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つげ義春『つげ義春の温泉』
写真多数掲載。つげさんの撮る写真はいい。漫画家の目で撮るからか。昭和40年代の温泉の風景、入浴中の女性に屈託はなく、時代を感じる。エッセイはいつものつげ節。蒸発願望、隠遁願望、侘しさへの憧れ。一部の内容は『貧困旅行記』にも収録されている。
調べるとさすがに現在は廃業している所も多い。失われたかつての日本の、貴重な記録。
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ラックマン『聖なるロシアの復興』
浜由樹子『ネオ・ユーラシア主義』にも記述があったが、ロシア思想の根幹的テーマとして「自分たちは何者なのか」というアイデンティティーを巡る問いがある。それは西であり東であるユーラシアという地理的なものであったり、キリスト教ではあるけれどビザンチン時代からの正教会であるという宗教的なものであったり、社会主義は崩壊したけれど市場経済にも移行しきれてないという経済的なものであったり、帝国ではないけれど独裁的な指導者がトップであるという政治的なものであったり、それらがことごとくロシアとは、ロシア人とは何かという問いを突きつけてくる。
国家の成立からプーチン政権まで(原書は2020年の刊行なので2022年に起きたウクライナ侵攻は含まれない)のロシア思想史。先進的な西欧への憧憬と嫉妬というアンビバレンツな感情が常に思想の根底にあるように見受けられた。リベラルと保守が交代しながら統治者の座についていくのが面白い。キエフ大公妃オリガのコンスタンティノープル訪問、正教への改宗が歴史の起点になる。オリガが衝撃を受けたのはキリスト教の論理ではなくその芸術の美しさだった。「真理と善がルーシの地にやって来たのは、まさしく美を介してだったのである」。だからロシアにおいては芸術のための芸術という考えはなじまない。ロシアにおいては芸術は救済でなくてはならない。ドストエフスキーが「美は世界を救う」と書いたように。
東方正教会における黙示録の重視。物質主義的な西欧への反発。それらがロシア思想に特徴的な霊性を生み、育んだ。「世界が、その後にいっさいが変容するようななにかのできごとに向かって突き進んでいるのだという確信は、ロシアの魂の一部分となった」。
歴史を遡るとキエフはロシアの心臓と言える場所。アトス山に巡礼するほど信仰の篤いプーチンによるウクライナ侵攻は、「資本主義と共産主義のあいだでのイデオロギー的衝突ではなく、互いに異なる道徳的、倫理的、そして宗教的な世界観によって引き起こされた」ものなのか。プーチンが愛読するイヴァン・イリーンの予言、「ロシアが分裂と屈辱から立ち上がり、新しい進歩と偉大さの世紀が始まる」を自身の指導のもと実現しようとしているのか。訳者によるとタイトルの「聖なるロシア」とは「キリスト教の歴史観に基づき、自分の国を歴史的に一定の役割を果たす聖なる国とみなす理念」であるという。西側の商業主義とリベラリズムはプーチンの目には退廃に映る。
物質的、合理的な西欧の知に対するオルタナティブとしてのロシア的非合理性。ドストエフスキーが地下室の住人に語らせたようなシステムに対する反発と嫌悪感。直感的、本能的、霊的な知。全一への志向。その水脈を過去から現代へとたどっていくうちに、自分もまた非合理性を好む人間であり、だからドストエフスキーをはじめとするロシア文学やロシア思想に関心を持つのかな、と思った。
700頁近い大著、登場人物が多く、思想も複雑で、しかも必ずしも時系列に記述されてはいないので読むのは骨が折れた。一部は読み飛ばしている。オカルトとタイトルにあるから胡散臭さを感じたものの読んでみたらかなり硬派な思想史だった。この本の記述がすべて正しいとは限らないだろうが(本書ではプーチンの念頭にはユーラシア主義があるとしているが浜由樹子はそう判断するのは早計だとしている。訳者も本書の内容は「誤解が多い領域」とあとがきに書いている)ロシアという謎めいた国への理解がだいぶ深まったように思う。
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水瀬ケンイチ『彼はそれを「賢者の投資術」と言った』
インデックス投資について書籍やブログで発信を続けてきた水瀬さんの集大成的な本だと思う。ご自身の人生、投資の経験、金融の理論についてかなり踏み込んで書かれている。冒頭に少しだけ登場する「茶髪の女友だち」ってもしかして…と思ったら最後に再び言及があって思った通りだったので笑った。
リーマンショック時の仲間の豹変や匿名掲示板でのバッシング、心身の負担の大きい部署への異動、投資も人生も順風満帆とはいかない。一寸先は闇、何が起きるかわからない。不測の事態を乗り越えるのに必要なのは、ブレない信念と生活を防衛できる資金。お金=幸福ではない。でもお金は人生から不幸を遠ざける助けになってくれる。25年間インデックス投資を続けて億の資産を築いたのは本当に凄い。お金の不安から解放され、現在も会社員として勤務し、仕事を頑張りながら投資情報の発信を続け、趣味を楽しみ、会いたい人に会いに行く生活からは50代にして人生をクリアしてしまったかのような圧倒的強者感が漂う。
自分は現在9年目のインデックス投資家。今では9年前の何倍もの金融資産がある。ほぼFIを達成したような額にまで達した。そうなれたのは水瀬さんと山崎元さんのおかげだ。『ほったらかし投資術』をはじめとする、お二人の書籍やブログやコラムがあったからインデックス投資を知り、始め、継続することができた。人生の恩人として感謝している。
インデックス投資なんて毎月積立設定したらあとはほったらかすだけだから簡単だと思われるかもしれないけれど、市場が好調でも不調でも、欲を出さず、周りのノイズに惑わされず、初志貫徹で継続するのは決してたやすくはないよ、と当事者の一人として思う。高配当株や暗号資産やゴールドへの誘惑を断ち切って、もっと言えばS&P500ですらなく、「長期・分散・低コスト」の基本姿勢のもと全世界株式を積み立て続けるのは、知識に支えられた信念がなければできることじゃない。
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宇野常寛『ラーメンと瞑想』
高田馬場周辺の美味しいお店の紹介と、哲学や文芸や社会問題に対する二人の人物の対話の記録。ラーメン=獣の世界、瞑想=神の世界。両者を往復することで「人間を超える存在に肉薄する」試み。
中年になって太ったのをきっかけに食事制限とランニングをするようになった著者。ちょうどこの本を読んでいるとき受け取った健康診断の結果がよくなかったのもあり、自分も改善のための節制を始めた。本書は、そうしようと決意するきっかけと指標になった。俺はラーメンも控えるが…。
著者の対話相手T氏のキャラクターがいい。浮世離れした存在感。印象的な発言の数々。
「恐れと悲しみの中を生きる者」
「個体として強くなりつつある」
「偉大なラーメンを食べる前と後では別の存在になっています」
「人間は半分は霊的なものですから、精神が汚れると実体も変化してしまいます」
インターネットの外部で中年(男性)はいかに生きるべきかの模索もテーマとしてあるように感じた。ネットの世界で安易に承認を求めない、ネットの外の世界や事物に関心を持つ、制作を通じて世界と関わる。「三島由紀夫は四十五歳で死んだが、我々は生きなければならない」のだ。「中年男性を救済するのは恋愛でも家族でも国家でもなく、世界や時代に貢献する『事業=作品』と『宇宙と直接つながる技術』であると確信しています」
食事制限と運動がんばるぞ。
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