ここ1ヶ月ほどの間に読んだ本の感想をまとめておく。
- 雨穴『変な絵』
- 南綾子『俺はこのままひとりぼっちで、いつかおかしくなってしまうんだろうか』
- 高見広春『バトル・ロワイアル』
- 芦花公園『極楽に至る忌門』
- 村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』
- 村田沙耶香『コンビニ人間』
- 矢部嵩『未来図と蜘蛛の巣』
- 福田ますみ『でっちあげ』
- 越智啓太『つくられる偽りの記憶』
雨穴『変な絵』
『変な家』と違って小説仕立て。『変な家』と比較するとこっちの方が話にリアリティがあって楽しかった(俺がいう小説のリアリティって説得力のことね)。呑気に絵なんか描いてんじゃねえよとは思ったが、ストーリーの都合上しょうがない。意味がわかると赤ちゃんの絵が怖すぎる。何がサンタだ。作者の動画から興味を持ったんだけどそこがクライマックスだった感あり。
南綾子『俺はこのままひとりぼっちで、いつかおかしくなってしまうんだろうか』
タイトルは少し前にXあたりで話題になった独身男性45歳で狂う説に倣っている。それぞれ生きにくさを抱えた中年男女4人の10年間の話。
タイトルからすると売れない作家兼コンビニ店長が主人公なんだろうが、最初こそ痛い独身中年ムーブをかますものの、生活費に困るでもない、職場で浮いてるでもない、友だちもいる、と全然地獄じゃないなあと読んでいて落胆した。タイトルから、独身中年男性の悲惨な人生の話だと思ったので。親戚がコンビニ店長の仕事を斡旋してくれるし、しょっちゅう同年代の仲間たちとグループLINEでやりとりしてるし、母親が倒れれば幼なじみが助けに来てくれるし、結婚してないってだけで彼はめちゃくちゃ恵まれた環境でしょ。終盤に出てくるクレーマーのおっさんの方が悲惨な人生送ってそう。
自分の健康を案じてくれたり、人生がうまくいったら一緒に喜んでくれる、そういう誰かがいるなら独身中年だろうと孤独じゃない。…ってそういう誰かとの関係を築くのも、家族を持つのと同じくらいハードル高い気がするが。
慰めになるかと期待して読み始めたのに光属性に却ってダメージをくらってしまった。
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高見広春『バトル・ロワイアル』
映画がリバイバル上映されると知り今更ながら履修。プロレスの話から始まるのに困惑した。上下巻合わせて1000ページ超、クセが強すぎる文体だが話が面白いので1週間ほどで読めた。
デスゲームものの元祖。国会をも巻き込んだ当時の騒動が懐かしい。1999年から2000年、俺はもう10代ではなかったけれどあの頃に原作を読んでいたら一生ものの作品たりえたかもしれない。
これほどの分量だから映画ではだいぶ内容がカットされている。俺は杉村が好きだったので彼の拳法の達人という設定が映画では活かされなかったのが残念。対桐山戦、相手が防弾ベストを着用していると知っていたら勝ててた。惜しい。桐山はチート過ぎてムカつくんよ。
光子のトラウマや桐山のサイコパス設定に、心の闇という言葉がメディアに頻出していた90年代後半から00年代前半の空気を思い出した。
あとがきに新作を執筆中とあるが著者は現在まで本作以外の小説は発表していない。
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芦花公園『極楽に至る忌門』
因習村ホラー。同じ村の因習を複数の視点から時間を跨いで描く。人が神を作る。神ってバケモノの謂かもしれんが。因習村ホラーは差別的とする視点が最近のホラー界隈にはある。この小説の中でも言及がある。今後廃れていくのか。しぶとく残りそうでもある。ジャンルはいろいろあった方が豊かでいい。
てんじといい物部といい能力がチートすぎてラノベ感がある。
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村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』
阪神・淡路大震災をテーマに編まれた短編集。NHKでドラマ化されると知って読んだ。肝心のドラマは録画し忘れて見ていないが。
収録作、どれも素晴らしい。するすると読めて、読み終わると一抹の寂しさや、不気味な違和感が残る。この感じ、好きだなあ。改めて村上春樹の文章の上手さを知った。ほんと今更だが。俺は村上春樹のいい読者じゃないけど、長編より短編の方が冴えてる気がする。性へのこだわりだけは鬱陶しい。もういいよセックスの話は、ってなる。
「UFOが釧路に降りる」「アイロンのある風景」がとくによかった。箱の中身、なんだったんだろう。
村田沙耶香『コンビニ人間』
いい小説だった。発達障害なのか? マニュアル化、機能性特化した中年女性が主人公。
世間が謳う多様性の欺瞞を暴く過激な小説。でもその筆致は軽やかでユーモラス。文章は端正。すいすい読めてしまう。
語り手と、彼女を社会の異物として気味悪がる周囲との齟齬が面白い。正体を知られず地球に馴染もうと努力している宇宙人のよう。地球人に擬態してるんだ。
いい歳して独身/アルバイト/恋愛したことないのは異常とする社会の常識。彼女が「治ろう」=普通の人間として社会に適応しようと努力するさまはいじらしい。「今のままでいいと思ってるわけじゃないでしょ?」と問われて「どうして今のままじゃいけないんですか」と返すシーンに快哉を叫びたくなった。
彼女が世間に迎合せず自らのアイデンティティを貫くラストに安堵した。
村田沙耶香ってすごい。やばい。今後もこの人の小説を気にしていこう。
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この映画も多様性の欺瞞を暴いていた。原作、途中まで読んだけど小説というより意見書みたいな感じで挫折してしまった。
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矢部嵩『未来図と蜘蛛の巣』
みんな大好き(?)矢部嵩の新刊。最近読んだ中ではもっとも感銘を受けた一冊。中編「エンタ」の他はすべて短編。一行後には何が起きるかわからない不穏さが読んでいて緊張を強いる。ソローキンに通じる?
「エンタ」が凄すぎる。グランギニョル的なショウは華やかさに加え格闘の興奮と競走馬の血統的な物語を孕んでいる。各キャラにウマ娘の佇まいを連想しながら読んだ。虹を待つ雨の登場と脚注の伏線が熱かった。シーンが次々切り替わっていく展開は前衛映画のよう。
「今回はこれでいい。来世では違うことをしたい」
「来世でもあなたでいてよ」
崩れた話し言葉のような独特の文体やエキセントリックな展開に理解が及ばないものもいくつか。でも矢部嵩の小説の感動ってこの文体だからこそな部分がある。
「日陰」「リペアのコピー」「未来図と蜘蛛の巣」「未来を予言する才能について」「登美子の足音」がよかった。
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血統の物語としての競馬。
福田ますみ『でっちあげ』
映画になると知り予習として読んだ。モンスターペアレンツによって「史上最悪の殺人教師」にでっちあげられた教師の冤罪。この事件、俺は知らなかった。
過剰に反応してすぐ学校に怒鳴り込んでくるクレーマー保護者、それに対して強く出られず平身低頭して謝罪するしかない校長をはじめとする学校関係者、ろくに取材せず事実と異なる記事を書き立てて世間を騒がせるくせに最後までは事件を追わないマスコミ、子供は無条件に善と信じ込む人権派弁護士…これだけ揃えば冤罪が起きるに決まってるんだよなあ。明らかに健康体なのにPTSDと言い張って入院させる精神科医がかなりやばい。この人、プロフェッショナルとしてのプライドやモラルはないんだろうか。弁護士、医者、教師、これらの職業の持つ権威って40代の俺が子供だった頃よりなくなっている気がする。あと警察も。
この事件は被害者である教師の対応もまずかった。妥協せず、毅然と、自分がやっていないことについてはやってないと突っぱねるべきだった。弱気な態度が問題をこじれさせる。校長が全然聞く耳持たないのがムカつく。お前は管理者として部下を守る立場じゃねえのかと。
モンペの母親が怖い。なぜこんなでっちあげをしたのだろう。嘘ばかりついてるし。サイコパスか?
越智啓太『つくられる偽りの記憶』
記憶というシステムの柔軟さ、たよりなさについての話。
記憶とは固定的なものではなく可塑的なもの。後から得た情報が記憶を書き換える。
体験しなかった出来事の記憶(フォールスメモリー)であってもさもあったかのように植え付けることが可能。
アメリカでのみ観測されるエイリアン・アブダクション現象の話が興味深い。ある時期を境にエイリアンによってUFOに拉致されたとする人たちが増加する。その原因について。メディアの影響が大きい。
老人がよく言う「昔はよかった」的な発言は過去を都合よく美化するバイアスに基づいている。本人は本当にそう思っている。
自分の記憶のあやふやさにしょっちゅう直面しているので肌感覚ではそうだろうと思っていたが、こうして専門的知見に裏付けられると腹落ち感がある。
記憶をめぐる映画がいろいろ紹介されるコラムがとても楽しい。